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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

CROSS FIRE


夜中の校庭で繰り広げられる異能の戦いは、いま大詰めを迎えようとしていた。
対峙しているのは両者とも、夜目にも鮮やかな赤い髪で刀を携えた少女であったが、片方は短髪にこの女子高のブレザー姿、そして右目には燃え上がる炎を宿していた。
もう片方の少女の髪は長く、身にまとう黒いセーラー服とタイツは所々切り裂かれ、血のにじむ素肌を覗かせている様が凄艶だった。
短髪の少女――灯代の使役する鍛冶神が生み出した無数の剣のまっただ中に突入し、斬撃を受けながらも灯代に肉迫したせいだった。
地面に散らばる折れ砕けた剣の破片を踏み、灯代に一歩近付く。

(ど、どうしてまだ戦うの!? この人を操っている骸骨を倒したはずなのに!)

長い髪の少女――確か日生という、今日転校してきた上級生――にまとわりつく禍々しい髑髏の姿を灯代が目撃したのがそもそもこの戦いのきっかけだった。
荒れ狂う骨の嵐を剣の結界で防御し、一瞬の隙をついて炎の術で骸骨を仕留めたにもかかわらず、その直後日生は自ら剣の結界の中に飛び込んできたのだった。
まだ精神支配から脱していないのか、と混乱する灯代の思考をよそに、深紅の髪をなびかせ勢い良く日生が踏み込んできた。
瞬時に白刃が交錯し、美しい火花を散らせながら攻防が始まった。
刀を振るう目まぐるしい動きに合わせ、日生の髪と灯代の右目の炎が闇に二筋の赤い軌跡を描く。

「君の連れが生み出す剣……何度も続けて出せるものではないな、それなら間合いに入った私を串刺しにしているだろうからな」
「くっ!」

操られているとは思えない冷静な口調で日生が言う。
実際のところその言葉は図星だった。
新米サマナーの能力では、タタラ陣内が膨大な武器を精製するだけの力の供給が不十分なのだ。
しかし今の灯代には悠長に答えている余裕などとてもない。

(つ……強い……!)

刀で受けるたびに、柄を握る手が痺れるほど日生の一太刀は重い。
日生の方が手負いであったが、明らかに押されているのは灯代だった。
極限の緊張にたちまち灯代の息は上がり、集中も次第に乱れる。
防戦一方の末ついに愛刀が弾き飛ばされ、弧を描いて遠くの地面に突き刺さった。

「灯代! こいつを受け取……」

敵の前で丸腰になった召喚主に得物を渡すべくタタラ陣内の両掌の間に炎が渦巻き、一振りの剣を精製しようとしたが、それは寸前で『光無し』の術に封じられた。

「おおっとォ」
「! てめえ、まだ動けたのかッ」
「敵にとどめを刺したかぐらいよく確かめときな、もっとも俺の見てくれじゃあ見分けようがないけどなァ、ケケッ」

眼窩の中から鬼火のような眼を光らせる僧衣の骸骨――大江ノ捨丸の姿がそこにあった。
灯代の炎術で無残に焼け焦げた僧衣から中の白骨を晒し、どこにそれだけの力があるのか、骨だけの手で陣内を地面に押さえつける。

「陣内様ッ!」

血相を変えて叫ぶ灯代を見て、日生は手で捨丸を止めるような仕草をした。
まるで、自分に取り憑いていたこの悪霊を制するように。

「……どうも誤解しているみたいだから、このへんでちょっと話し合おうか、彼を刀に戻してくれ」




その後冷静な話し合いにより、日生が自分と同じサマナーで仲魔として捨丸を使役していると分かり、いかにも悪霊めいた見た目の捨丸が彼女に取り憑いている……という一方的な勘違いが解けた灯代は、たいそう恐縮して平謝りした。

「ごめんなさい、勝手にとんでもない勘違いして、先輩サマナーに喧嘩売ってしまって……!」
「なに、気にしないでいいさ」
「火の玉ぶつけておいて俺には詫びは無しか? ええ?」
「本当にすみません……」

灯代に何度も頭を下げられながら、誤解と分かっていて受けて立った日生もたいがい良い性格をしている、と捨丸は思った。
とんだ骨折り損だぜとぼやく捨丸に「少し黙っていろ」と日生は召喚を解除する。
経緯を抜きにすれば、先輩が血気に逸る新米に稽古をつけた形だったが、軽々あしらわれた灯代の方は圧倒的な力の差に自分の未熟さを思い知らされていた。
明日からもっともっと身を入れて修行しないと……と痛感する灯代は、タタラ陣内が封じられた継承刀を握りしめていた。

「でも、うちの先代と同じぐらい凄い剣技だった……日生さんもやっぱり、小さい頃からサマナーとして育てられたんですか」
「私は……」

会話する二人のもとに、夜風にのって何かがひらり、と飛んできた。
ゴミか何かと見間違えそうな紙切れは、狙ったように日生と灯代の体に張り付き――瞬時に全身の運動神経を麻痺させ、二人のサマナーを金縛りにした。

「ぐ……! これは!?」
「しまっ……た……新手か……!」

日生はその紙片が人型に切り抜いた呪符だと気付いたが、既に遅かった。
動けない二人の前に、分厚いコートと帽子で全身を覆った人間が姿を現した。
サマナーが仲魔を封じる『管』を懐から取り出しながら、その人物は男とも女ともつかない響きで声をかけてきた。

「先程の戦い、興味深く見物させて頂きました。仲良く共倒れしてくれれば有難かったのですが、まあ結果オーライといった所でしょうか。おかげで強力な仲魔が二体も手に入るのですから」

灯代ははっとして目を見開いた。
戦闘直後で負傷したサマナーを襲い、仲魔を奪って我が物とするダークサマナー。
そんなこす狡い奴がいると噂には聞いていたが、まさかこんな所で出くわすとは……

(せめて陣内様を刀から出していれば……!)

召喚を解除していなければ反撃できたかもしれないが、封じられたまま再召喚もできない状態ではいかに強い仲魔も全くの無力だ。
さっきの戦いで心身共に消耗しているせいか、術を自力で破れず体が全く言うことをきかない。
隣で膝をつく日生も指一本動かせない様子で、万事休すだ。
ダークサマナーが指先で摘んだ管を灯代の方に向ける。

「さて、まずはあなたの仲魔から頂……」
「遅せぇよ」
「なッ!?」

漁夫の利を狙ったサマナーの断末魔は、地獄の穴と見まごうような、がばりと開いた髑髏の黒い口腔に上半身ごと飲み込まれて消えた。
さっきまで人であったものを、耳を塞ぎたくなる音を立てて髑髏が咀嚼する。
名も知れぬサマナーを魂ごと喰い尽くし「欲張り者は長生きできねェもんだなァ」と捨丸は嘲笑った。
何事もなかったような顔で既に立ち上がっている日生を見て、体の痺れが嘘のように消えているのにはじめて気付き、灯代は大きく息をついた。

(どうして……?)

灯代の知る限り、仲魔はサマナーが召喚しなければ姿を現さない。
しかしこの大江ノ捨丸は、召喚主である日生が呼び出せない状態だったというのに、己の意思で出現してあのダークサマナーを食い殺した。
この悪魔が例外なのか、それとも特別な契約を結んでいるのか知りたかったが、なぜか訊けなかった。

「助かりました……ありがとう」
「もう暗いから、気をつけて帰るといい」
「あ……、あの! 日生さん、明日も学校来ますか?」

さすがに疲れたのか、日生は僧衣の骸骨を連れて校庭から去ろうとしていたが、灯代の言葉に片手を上げて応えた。
黒いセーラー服の背中は闇にまぎれ、赤い髪だけがちらついていたが、それも遠ざかりやがて見えなくなった。

(きっと、明日も会えるよね……?)

鍛冶神を封じた継承刀から、かすかな鼓動に似た手応えが伝わってくる。
かけがえのない相棒であり、自分を導く師でもある仲魔が奪われずに済んだ事に灯代は心から安堵したが、それは無力な自分へのやり切れなさにすぐ変わった。
この刀に相応しい剣士になるというタタラ陣内との契約のため、自分はより強くならなければならないのだから。
絆の象徴である刀を大事に抱え、灯代もまた夜の校庭を後にする。
夜空を見上げると、髑髏にも刃にも似た色の月が白々と浮かんでいた。

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