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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

ORIGIN OF NAME


昔むかし、いつか、どこかで。
人になりたいと願うひとりの鬼が、人に裏切られ鬼と化した神と出会った。
それが、全ての始まりだった。



「これが、お前の名だ」

隻眼の神は、地面に棒切れで線を引きながらそう言った。
傍らにしゃがみ込む赤毛の小鬼は、今一つ分からないような顔で、それでも神妙に聞いている。

「この名を、お前に授ける」
「よう分からんけど、くれるのなら貰おうかのう」
「今は分からんかも知れんが聞け。 物も、人も、神も、鬼も、全てのものに名はある」

名前とは、最も短く身近な呪だという。
人は未知の事象に名を付けてそれを掌握するし、生まれた子に名を付けるのは同時にその子の運命を決める事でもある。
はっきりした名を持ち、自らを個として意識するのは、名もなき鬼が人として生きるための一助になるだろうと考え、タタラ陣内はそれに相応しい名を命名してやろうと決めた。
というのもあるが、本当の所は、連れがいつまでも名無しのままでは呼ぶたびにいささか不便だからだった。

「『仁(じん)』、今日からお前の名だ」

地面に刻んだその一文字を指して、タタラ陣内は名を呼ぶ。
自分の名の一部と同じ音を選んだのは、言霊の力を宿らせ加護を分け与えるため。
『人(ひと)』にも、『神(かみ)』にも読みが通じるその音を、鬼は繰り返し口にした。



そして時が経ち、鬼が人間との間に成した子孫は、ヒトとしての暮らしの保障と引き換えにヤタガラスに帰順した際『鬼首』の姓を与えられた。
彼らに名を知られる事で支配されるのを避けるため、始祖たる鬼が陣内より授けられた名を封印し『鬼首童子』を名乗るのは、それと同時であった。


現当主・空良への挨拶と手土産の贈呈とちょっとした近況報告を終えて鬼首童子が部屋を出ると、弾んだ声を上げて二人の男児が駆け寄ってきた。

「どうじー」
「じいちゃんとの話、おわった?」
「ほいほい、二人とも良い子で待っておったのう」

はしゃぐ兄弟は、我先にと童子の手を引っ張り、子供部屋へ連行しようとする。
来年小学生になる兄のかがちは、ころころした体型に、とぼけた造形の真ん丸い顔からぴょろりと鯰の髭のような毛が伸びている。
弟のかずきはというと、どちらかというと父親似の勝気そうな顔をしており、成長すればもっと似てくるだろうと思わせた。

「かがちもかずきも、会うたびに大きくなるようじゃなー」

姿こそほんの子供であるが、童子は孫に対する祖母のような眼差しで、二人の頭をよしよしと撫でてやる。
幼い二人の兄弟にとって、盆や正月に鬼首家を訪れる童子は生まれた時からの付き合いであり、自分達の血の起源となった一族始祖、という仰々しい肩書きなど関係ないようだった。

「もうすぐ一年生だしな! 自分の名前だってかけるようになったし!」
「お、おれだってかけるし!」
「かずきはおれのまねしてるだけだろー!」
「偉いのー、おらにも手習い、見せてくれるかの?」

二人の名前はどちらも平仮名なのでさほど難しい事ではないが、褒められて気を良くした兄弟は「漢字だってちょっとだけかけるぜ」とお絵かき帳を自慢げに広げてみせる。
紙の上に色とりどりのいびつな字が踊っており、その中には親が自らお手本として書いてやったのか『灯代』『陣内』という名前もあった。

「おらの別の名前も、空いてる所に書いてみていいかの?」
「いいよ」
「どーじ、って名前じゃないの?」
「本当の名前はな、別にあるんじゃ、お前さん達の親父さんにずうっと昔、つけてもらったんじゃ」
「父ちゃんに?」

鬼首童子は、兄弟から借りたクレヨンで四度線を引いて、自分の真名を記した。
どうじゃ? 読めるか? と訊いてみると、意外にもかがちは鼻息荒く挙手してきた。

「この字よめる! 『ふたり』だろ? あってる?」
「……ふたり?」
「ほら、こっちと、こっち」

得意げなかがちの小さな指先は、クレヨンで書かれた『仁』の右側を指し、次いで左側を指した。
突拍子もない答えに首を傾げていた童子だったが、かがちの言わんとする事を知り、納得に顔が綻ぶ。

「ああ、そうか! 『二人』だのう」
「な! そうだろー!」
「ほんとかー? すげーなー!」

思わぬ発見に目を輝かせる童子は、それは違うと正しい読みを教えてやる事など頭になく、自分を表すその一文字を見つめたまま、しきりに頷いていた。
あの日出会ってからずっと長い旅路を共にした、親であり師であり友である男の事をまたひとつ知った気がした。
きっと、例えどんな事があっても「一人ではない」と忘れないでいられたのは、この意味を持つ名を授けてくれたからなのだ。
思いがけないほど間近に隠されていた宝物を見つけたようで、他愛ない読み間違いに過ぎないとしても、童子は嬉しかった。

「おお、お前らこっちにいたのか、母ちゃんが餅焼いたから、熱いうちに食いに来いよ」

襖を開けた父に呼ばれ、餅の焼けるこうばしい匂いを嗅いだ兄弟ははーい、と声を揃え、先を争うように台所へ向かう。
お絵かき帳を手にしたまま、こちらをじっと見上げている童子の視線に気づき、どうした? と陣内は訊ねた。

「陣内、今はおらは一人ではないけどおら達二人だけでもないのう、こうしてみんな一緒にいられるからの」
「何だ、いきなり? まあいいからお前も餅食え、餡子もきなこもあるぞ」
「む、お前で済まされてはせっかく付けられた名前がかわいそうじゃ、たまには愛を込めて仁って呼んでほしいもんじゃ」
「……悪いもんでも食ったのか? ……冷めないうちに来いよ、仁」
「陣内がそう言うなら仕方ないのう」

齢千年を超える鬼首家始祖は、お絵かき帳を大事そうに抱えたまま、ご機嫌で陣内の後をついていった。

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