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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

EVIL SWORD X


酷く眩暈がして、頭が痛い。
真っ暗になった目の前を、古い映画のフィルムみたいに、古い記憶を辿るみたいに、いくつもの場面が通り過ぎていく。
その中にあの方の姿を見つけて、私ははっと目を見開いた。

(陣内様)

見間違えるはずもない、まぎれもなくあの方だった。
いつも私のそばにいて、支えて、力づけて下さる強く優しいあの方。
私たち一族の剣士をずっと見守っていて、魔を討ち滅ぼす力を貸して下さったあの方。
それなのに。
あの方は、罪人のように鉄枷に繋がれ、大勢の武装した人に囲まれていた。
一体何があったのか分からない、あの方がどんな悪さをしたと言うのか。
解けた髪を掴まれ無理に顔を上げさせられた時、その首に禍々しい朱色の首輪が嵌められているのが見えた。

『 ……禁呪の効果……朱の…… ……神でさえも……』
『 ……此奴を囚えて…… ……鋳造させよ……休みなく…… この戦は、我らに…… 』

あの方を囚えている人達が何を言っているのか、全ては聞き取れなかったが、ひどい事をするつもりなのだと理解できた。
痛々しく血が滲んだ顔を怒りに歪めて、あの方が叫んでいる。
その声は聞こえないが、無理矢理こんな真似をされて承知するわけがないと思った。
なおも叫び、暴れるあの方の前に立派な着物を着た人が来て、指で印を切ると朱色の首輪が不気味に光り出した。

『 ……!!…… 』

灼けた万力で首を締められでもしたように、あの方は苦痛に息を詰まらせた。
それを何度も繰り返され、とうとう気を失って倒れ伏した様を嘲笑われながら、頭や肩を踏みつけ足蹴にされる。
彼らに聞こえるはずもないのに(やめて! もうやめて!)と私は大声を振り絞って叫んでいた。
あの方が酷い目に遭うのを見たくない、これ以上何をされるのか恐ろしくて堪らない。
それよりもっと恐ろしいのは、一度も見た事のない光景だというのに、私はこの後どうなるかが全て分かっていた事だった。

吐き気を催す血の臭いと、埋葬もされず積まれた亡骸が腐る臭い。
家と人が一緒に焼ける臭いに、喉がひりつくような硝煙が入り混じった臭い。
子が親を必死に呼ぶ泣き声、来るはずがないと知りながら助けを求める悲鳴。
耳を塞ぎたくなるような絶叫、怨嗟、断末魔の声。
監禁された牢にただ一つの小さな明かり取りの窓からでも、風に乗って流れてくるものから『外』で何が起きているか手に取るように分かる。
昼も夜も、一時も休まずあの方が造り続けている武器のため、戦火がさらに広がっている事も。
どうしてこうなってしまったのか。
人の子に火と風の使い方を教えたあのお二方の行動は間違ってはいないと、証明するために自分が地に降りたのは過ちだったのか。
償っても償いきれないほどの後悔と罪悪感に心を蝕まれていく中、それでもかすかな希望に縋りあの方は槌を振るい、踏鞴を踏み続けた。

『 ……百と八つの武器…… ……造り終えれば、その時…… ……朱の首輪の呪は解ける…… 』

戦がまだ続く限り、闇は終わらない。

『 ……ふざけるな! ……約定を違える気か…… 』
『 ……ならぬぞ……貴殿にはまだ…… 』
『 ……契約の数だけでは足りぬか……まだ……戦を続けようと…… 』
『 ……何が出来る……もう、神ではない……朱の呪いに縛られた身で……刃向かおうとて…… 』

時が経ち、ついに百と八の武器を造り終えたあの方に投げかけられたのは、あまりにも身勝手な命令だった。
条件を満たせば呪は解けるはずだったが、術をかけたこの人間達は、呪によって無理矢理に従わせたものとはいえ、鍛冶神との契約を反故にした。
人の身で神を謀る(たばかる)罪の重さに気付かず、彼らは勝ち誇った笑みを浮かべる。
しかし、それをとうに見越していたあの方は平静だった。
新たに造った、百と九つ目の武器を差し出す。
これまで呪で定められた条件に従わざるを得なかったが、術者の側が定めを破った以上もはやそれは意味を成さない。
百と九つ目に造られたその刀を手にすればどうなるか、この先起こる惨劇の一部始終が私には分かっている。
そして、その通りになった。
刀を抜いた男は、鞘から現れた吸い込まれそうな漆黒の刀身に目を見張り、やがて表情は魅入られたような狂気に変わった。
彼の隣に控えていた側近の一人が、最初の犠牲者になった。
一太刀で側近の頭部を両断した男は、返り血を浴びた顔で哄笑を上げる。
乱心した主君を取り押さえようとした者の中には、腕の立つ武人が何人もいたが、黒い風のような斬撃に次々と斬り殺されていく。
あっという間に血の海と化した広間のただ中で、この惨事を引き起こした張本人が漆黒の刃で自らの首を刎ねた時、隻眼の鍛冶神の姿はとうに消えていた。

あの方が再び目にした下界の空は戦火と煤で赤黒く染まり、田畑や民家が並ぶ美しかった風景は無残な焼け野原になっていた。
まだ火が燃えている廃墟のいたる所に、人の形をとどめた真っ黒な炭が転がっている。
この地獄絵図が信じられないように、覚束ない足取りで歩くあの方は、やがてその場にがくりと膝をついた。

『 ……これが…… 』
『 ……これが俺の……選んだ結果か…… 』
『 ……俺の生業がこんな事を引き起こしたのなら、いっそ……全てこうなってしまえばいい…… 』
『 ……あのお二方を悲しませる人間など、皆滅んでしまえばいい…… 』
『 ……人間同士でいつまでも殺し合いを続けて、地上の全てを火と風で焼き尽くしてしまえばいい!…… 』

慟哭する声はやがて絶叫に変わり、絶望と憎悪に血涙を流す隻眼は、地獄の炎のように昏く燃えていた。
その首に嵌ったままの朱の首輪が、術者が死んだ事で呪が暴走を始め、鈍く光り出した。
首輪に囚われたあの方を、おぞましい悪鬼の姿へと変えていく。

(陣内様……! 陣内様あぁぁぁ!!)

私はあの方を襲う残酷な運命をどうする事もできず、ただ叫び続けているしかなかった。
悪い夢なら早く覚めてほしいと思い、掌に血が出るほど強く爪を食い込ませた。
でもこれは現実だった、私がいま見ているのはすでに『起こってしまった事』なのだった。

(こんなのってない……ひどすぎる……!)
『 そうだろう、お前なら分かってくれると思っていた 』

泣きながらうずくまる私の耳に届いたのは、よく知った低く優しい声だった。
振り返ると、傷もなくやつれた様子も無い姿であの方が立っていた。
鉄と火の技を司る鍛冶の神、タタラ陣内様が。

(陣内様……私は、陣内様がこんな辛い思いをしてたなんて、ちっとも知らなかった……)
『 灯代、お前は優しい子だな、見ていたのなら分かるだろう? 人間の本性は結局こんなものだと 』
(え……)

あの方がこんな台詞を口にするのに、私は違和感を覚えた。
何かがおかしい、しかし自分でもそれが分からない。
そもそも私はいつから、どうしてここにいるのか思い出そうとしたけれど、あの方の言葉で思考を遮られる。

『 この俺を陥れた、クソにも劣る連中を斬るのに、何の躊躇いがある? 』
『 今よりもっと強い力を、誰にも負けない力を手にしたいだろう? お前にはその資格がある 』
『 灯代、お前は優れた剣士だ……この俺の剣となって、奴らを、人間どもを討ってくれるか? 』

その言葉の一つ一つが私の中から躊躇いを消し去り、代わりに戦意と高揚を与えた。
昂ぶる感情は抑えきれない衝動へと変わり、もう何も怖くないという気持ちにさせられる。
あの方を陥れた人間どもを殺してやりたい、同じ地獄を見せてやりたい。
私はもう奴らと同じ人間などではない、私はあなたの剣、あなたの意のままに――


身も心も黒い衝動に任せ、意識が闇に溶けていくような心地よい感覚は、突然破られた。

「灯代!!」

名を呼ぶ声と共に、熱い掌が私の腕を掴む。
底なし沼から引き上げられるように、暗黒の中に取り込まれかけていた意識が急激に戻った。
過去の光景の中で見た、百と九番目に造られたという、漆黒の刃を持つ呪われた刀。
人の精神を乗っ取り、殺戮機械とするその妖刀を追う任務の最中で、私は妖刀に触れてしまって……

「陣内様!!」
「俺が抑えている間に、こいつを破壊しろ! いいな!」

陣内様の語尾がまだ耳に残るうちに、現実に復帰した私を黒い太刀筋が襲った。
反射神経のみで後ろに跳び退って間合いを取るものの、制服のボタンを持っていかれた。
あと少し覚醒が遅ければ、妖刀の新しい傀儡になっていたか、首を刎ね飛ばされていただろう。
まだ震えが止まらない手で継承刀『紅蓮踏鞴』を構え、荒い息をつく私の目の前に立ちはだかるのは、漆黒の妖刀を掲げた老剣士。
老いてなお鬼首家最強と呼ばれた、先代サマナーの姿だった。




戦火と黄昏に赤く染まる焼け野原で、鏡に映したようにまったく同じ姿の二人の男が対峙する。
今し方まで灯代の意識を乗っ取ろうとしていた、この妖刀の『自我』は、鋳造した鍛冶神・タタラ陣内本人の姿をしていた。
ただ、その隻眼はどす黒い悪意に満ち、口元は無慈悲な嘲笑に歪んでいる。

「よう、とうとう会えたな」
『 ああ、懐かしいな、この俺の造り手が人間の走狗に成り下がった様など見たくはなかったぜ 』
「俺も、お前が何の進歩も無く無益な殺生を繰り返す様など見たくはなかったがな」
『 それを望んで造ったのは貴様自身だろうが? 都合よく忘れた振りするんじゃねぇよ 』
「『あの剣士』に救われた時から、俺はお前を必ず始末すると決めた、一日たりとて忘れた日は無い」

妖刀の『自我』は、陣内を睨み付けたまま片手を挙げた。
空間を切り裂いて無数に現れた漆黒の刀剣が放射状に陣内を取り囲み、殺到する。
憎悪を形にした刃に全身を貫かれる寸前、陣内は両の拳を火打石のように勢い良く打ち合わせた。
拳の間で弾けた小さな火花が紅蓮の炎と化して燃え上がり、数百の剣を瞬く間に空中で熔解させた。
さらに飛来する剣の一本を掴み取り、嵐のように襲い来る黒い剣を叩き落す。

「その程度のなまくらが何万本あろうと! 俺の魂を砕けるものか!」

砕け散る黒い破片の中、駆け出した陣内は『自我』へ迫る。
手にした剣は赤熱の輝きを帯び、次から次へと無限に生み出される黒い刃をそのたった一振りの剣で防ぐ。
圧倒的な物量をものともしない技量は、人界の法則から解き放たれた神格の成せる業か、『自我』が支配する空間の中で陣内の剣は火花を散らしながら猛攻を続ける。
その燃える剣先が、妖刀の『自我』の喉笛をめがけて突き出された時。
黒い剣は飴細工のように形を変え、無数の黒い腕と化して陣内を捕らえた。

「!!」

陣内の隻眼が見開かれ、拘束する腕を斬ろうとした剣が止まる。
手足を掴むその何本もの腕はいずれも黒く焼け焦げ、脆く崩れそうに炭化した指先は何かを訴えるように陣内の皮膚に食い込む。

『 みな、この俺を造るために貴様が贄とした者達……いわば同胞だ 』

妖刀の『自我』の言葉に、陣内の脳裏に忌まわしい記憶が甦った。
戦火に焼かれ、苦痛と絶望の中で死んでいった人間の亡骸を片端から炉に投げ込み、地獄の業火で鍛えた漆黒の刃。
燃料とされた亡骸に残っていた思念は、斬られた者の魂が死後も解放されぬよう妖刀の中に囚えるため、『自我』の一部となったのだ。

『 まだ貴様は取り込まん、その前に大事なサマナーが嬲り殺される様を見せてやる 』
「人を唆して傀儡にするしか能のないお前に出来るものならな!」
『 黙れ 』

陣内を拘束する黒い腕が一瞬にして元の黒い剣に変わり、全身を串刺しにした。
貫かれた傷から飛沫いた鮮血が外気に触れて燃え立ち、火の粉と化して舞い散る。
空間に無惨な磔にされた陣内に詰め寄り、妖刀の『自我』は責め立てた。

『 ふざけるな! あれほど憎んでいた人間と馴れ合って、この俺を滅するために鬼斬りの一族を代々利用した貴様も、所詮俺と同じだといい加減に気付け!
 第一、貴様がしでかした事をあの娘に教えなかったのは何故だ!? 自分の愚かしい所業を、憎しみに囚われた過去を知られたくなかったからだろう! 』

魂のみで対話しているお互いには、相手の心情が手に取るように分かる。
憎悪の塊である、妖刀の『自我』の言葉は、タタラ陣内の弱みを的確に突いた。
灯代に失望されたくないが為に隠してきた過去、自らの罪から目を逸らした狡さを改めて思い知らされ、ずっと抱えていた後ろめたさを自分の暗黒面に容赦なく暴かれた陣内は拳を握り締めた。

「責任は全て、お前を生み出した俺自身にある…… だが! 俺の声で! 俺の姿で! 灯代を誑かした罪は償ってもらうぞ!」
『 貴様に出来るものならな 』

魂ごと妖刀に拘束され身動きのとれない陣内は、火力を右腕に一点集中させて急激に燃焼させ、腕を貫く黒い剣を溶かした。
自由になった右腕で懐から何かを掴み出そうとする。
陣内の胸から凄まじい熱気と目が眩むほどの赤熱の輝きが溢れ出し、手の中で剣の柄となった。

『 こいつ……!! 』

妖刀の『自我』は、陣内の身体から一振りの剣が現れるのを至近距離で見た瞬間、それが自分を討ち滅ぼせるだけの恐るべき武器と直感した。
燃え上がる紅蓮の剣が完全に抜き出される間際、黒い斬撃が刀身もろとも陣内の右手首を切断する。
最後の切り札も失い、望みも断たれたかと思われた時、妖刀の『自我』は失策を犯したと悟った。
陣内の隻眼に宿るのは絶望ではなく闘志、その口から迸るのは悲鳴ではなく雄叫びだった。
空間に縫い止める黒い刃に肉を引き裂かれながらも力任せに左腕を伸ばし、斬り飛ばされた右手ごとその刀を掴む。
柄からわずか三寸の灼熱の刃は、妖刀の『自我』の胸に吸い込まれるように心の臓の位置を貫いた。

「あばよ」

それは過去の因縁に向けた言葉か、それともこの場にいない誰かに告げた言葉だっただろうか。
自分と鏡映しの姿をした妖刀の『自我』の全身が真っ黒に炭化し、ぼろぼろと崩れ落ちるのを見届け、タタラ陣内は静かに瞼を閉ざした。

一撃ごとに命を削るほどの死闘のさなか、操られた先代の太刀筋に一瞬の隙が生まれた。
それを燃え上がる右目で捉え、最後のチャンスに賭けて灯代が跳躍する。
炎の軌跡を描いて振り下ろされた『紅蓮踏鞴』は、先代が手にした漆黒の刀身を打ち砕いた。
砕けた刃が無数の黒い星となって散り、やがてそれも塵と化して、この世に始めから存在しなかったように消えていく。
妖刀の支配から脱した先代が気を失って倒れ、灯代もまた体力の限界に達し膝をついた。

「やった……私が、倒したんだ……」

いや違う、と灯代はすぐに思い直して首を振る。
陣内が逆にあの妖刀に取り憑き、力を抑えていてくれたから勝てたのだ。
病体で操られているとはいえ、先代の剣技に未熟な灯代が敵うはずもない。
この強敵を一人で相手にしていたなら間違いなく死んでいた。
決して浅くない刀傷をいくつも負い、いまだ血が止まらなかったが、今の灯代にはそんな事は気にならなかった。

「ありがとう、陣内様……もう大丈夫です、どこにいるんですか?」

手助けしてくれた仲魔に呼びかけるも、タタラ陣内の姿は現れない。
『紅蓮踏鞴』の中に戻ったのかと思ったが、灯代は仲魔の召喚を解除した覚えはない。
いつもなら手にした柄から伝わるはずの、鼓動にも似た生命の波動が全く感じられない事に気付き、灯代の背中に冷たいものが走った。
陣内の『こいつを抑えている間に破壊しろ』という言葉の意味……それでは、破壊されて跡形もなくなったあの妖刀に憑いていた存在は、一体どうなる?

「陣内様……勝ちましたよ? こんな時にからかわないで下さい……お願いだから、出てきて……!」

先程の死闘さえも凌駕するほどの不安に灯代の声は震え出し、藍色の眼に涙が浮かぶ。
先代が正気づいて目を覚ますまで、灯代は継承刀に縋り付いて陣内を呼び続けていたが、ついに返事は返ってこなかった。

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