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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

FAIRY'S GIFT


春のある日、小さな灯代は離れの部屋に一人寝かされていた。
今日は『発作』も起きておらず、穏やかに過ごしている状態に家族も一安心していたが、一番好奇心旺盛で遊びたい盛りの五歳児にとってはいささか退屈だ。
家族も他にやる事があり、いくら寂しくても自分ひとりにずっと付きっきりでいてくれるわけではないと、灯代は幼いながらも承知していた。
何度も読み返した絵本や、遊び過ぎてよれよれになったぬいぐるみで大人しく退屈を紛らわしていたが、それももういい加減飽きてしまった。

(おそとにでてみたいな……それがだめなら、だれかとあそびたいな)

縁側に差し込む陽は暖かく、春真っ盛りの空は見事な快晴で、灯代はそう思わずにはいられなかった。
親に連れられて一度だけ行ったあの河原には、今頃きっとお花がいっぱい咲いているのだろう。
布団の中で、何度目かも分からない寝返りをころん、と打った拍子に、黄色い何かが目に入り、灯代はそれに気付いて小さな声をあげた。

「あれっ」

いつからそこにあったのか、すぐ近くの縁側にタンポポの花が置かれていた。
さっきまでは何もなかったのに、と灯代は驚いて布団の中から起き上がり、花を手に取る。
摘んだばかりのようなタンポポは茎をリボンで結ばれ、ささやかな花束になっていた。
黄色い花を数えてみると、一、二、三、四、五本、灯代の年の数と同じだった。

「おはな……だれがもってきてくれたんだろ……?」
「灯代、どうしたの? お布団に入ってないと……」

薬の盆を手に部屋に入ってきた母に、幼い灯代は眼を輝かせてタンポポの花束を差し出して見せた。

「かあさま、これみてください! きれいでしょ」
「タンポポ? お外に出て摘んできたの? 駄目ですよ、また具合が悪くなったら」
「ううんちがうの、そこにあったんです」
「縁側に?」
「にいさまがもってきてくれたのかなぁ、それともおじいさまかなぁ……」

家族の誰かなら直接渡しそうなものだけど……と母は訝しげな顔をした。
きっと、珍しく安らかに寝ている灯代を起こさないようにしたのだろうと思い、娘のために水を入れたコップに五本のタンポポを活けてやった。
布団から顔と手だけ出して、灯代は小さな花束に結ばれていたリボンをしげしげと見つめている。

「おなまえとか、かかれてない……だれでしょう? ありがとうって、おれいいいたいのに」
「そうねえ、……もしかしたら、小人さんがお見舞いに持ってきてくれたのかも知れないわね」
「こびとさん?」

絵本の中で見た、働き者の靴屋さんの仕事を人知れず手伝う小さな姿を思い出し、灯代は納得して頷いた。
きっとあの絵本のように、親切な小人さんがそっと現れてこっそり花束を置いていってくれたのだ。
母もいい加減な子供騙しでお伽話を持ち出したわけではなく、半分は本心で言っている。
サマナーの家に嫁いだ術士として人外の怪異は身近なもので、そんな連中のうち善良な性質の物好きが、たまたま娘の元を訪れても不思議ではないと考えていた。

「うちにも、あんなこびとさんがいるんですね」
「さ、お薬飲みましょうね、あーんして」
「……うん、かあさま、ちゃんとのめたらこのリボン、かみにむすんでくれますか?」

思いがけない嬉しい出来事のおかげか、薬の嫌な苦味も、いつもよりましな気がした。

次の贈り物があったのは、梅雨の頃だった。
長雨が降り続く中、熱を出して寝込んでいた灯代が知らぬ間に、やはり縁側に置かれていた。
紫陽花の葉ごとどこからか運れられてきて、戸惑うように触角を振るかたつむり。
透明なケースに入れられ、胡瓜を齧る物言わぬ友は、枕元で灯代を静かに見守ってくれていた。

それからも『小人さん』の贈り物は続いた。
袋いっぱいの木苺、千代紙で折った朝顔、不思議な形の白い貝殻。
灯代の病状が徐々に悪化し、発作が起きて苦しんでいても、夜毎悪夢に悩まされ衰弱していても、贈り物があった日はなぜか具合が良くなるのだった。
南国の海を思わせる青く輝くビー玉を、何よりも大事な宝石のように小さな手の中に収め、灯代は藍色の瞳で一日中それを見詰めていた。

(でてきてくれたら、いっしょにあそんだりおはなしできるのに)

しかし読んだ事がある絵本の中には、小人は人間の前に姿を見せてはいけない、という掟もあった。
そういった決まりがあるから、小人さんは私に会いに来てはくれないのかな、と灯代は残念に思った。

「かあさま、こびとさんにプレゼントするなら、なにがいいでしょうか?」
「ああ、いつもの小人さんね……そうね、美味しいお菓子ならきっと喜ぶんじゃない?」
「わたしがたべるのとおなじのでも、だいじょうぶ?」
「ええ、用意してあげるから試してごらんなさい」

『いつもありがとう』とクレヨンで書いた拙い手紙を添えて、縁側に置いておいたクッキーは昼寝から目が覚めたらきれいに消えていた。
大喜びして灯代がその事を報告すると、母は「良かったね」と微笑んだ。



……そして、灯代がその身を蝕む呪いを髪ごと斬り捨てられ、自分の足で病床から立ち上がった真冬のある日の事。
手で触れれば溶けてしまいそうな小さな雪兎を最後に、『小人さん』からの贈り物は途絶えた。
家族の誰かが幼い自分を喜ばそうと演じていた、というのが真相かもしれないが、きっとそうではないと、十年以上経った今でも灯代は信じている。
折り紙も貝殻もビー玉も、机の引き出しの奥に大事にしまっており、時々それらを取り出して見つめながら、十六歳になった灯代は幼い日の不思議な出来事を回想するのだった。



鞄の持ち手に結ばれたそのリボンがふと気になって見ていると、どうかしたんですか? と持ち主が訊いてきた。
40cmもの身長差に負けず見上げてくるのは、赤い髪に藍色の眼の小柄な少女。
赤いミニスカートを白いファーが縁取る、サンタクロースの衣装がよく似合っていた。
元気良く声を張り上げて路上でケーキを売る姿は、賑やかで華やかなクリスマスイブの夜でも目立ち、その前で足を止めて財布の紐を緩める者も少なくない。
もっともそのうち何割かは、売り子の少女サンタの隣で釣銭を数えている、モヒカン頭に赤白の帽子を載せた巨漢を見れば、慌てて踵を返すかもしれないが。
アルバイト先の後輩であり、同じサマナーでもある彼女は、豪人(ごうと)の巨体や強面を少しも恐れず話しかけてくる数少ない相手だった。

「……いや、何だかどっかで見たようなリボンだと思ってな」
「ああ、これ、お守りみたいなものなんです」

サンタの格好をした灯代は、足元の鞄を持ち上げて見せる。
もうケーキの在庫分はかなり売り捌けて残り少なく、通りを行き交う人の数も減ってきたので話す余裕があった。
金色の細い縞が入った青いリボン、その端はわずかにほつれていて、かなり長い事使われていると思わせた。

「笑わないで下さいね、これ、私が小さい頃に小人さんがくれたものなんです」
「……おいおい……小人って、お前……」
「いや、本当なんですってば! タンポポの花束に結ばれてたんですよ、このリボン」

タンポポの花束、その言葉に豪人がはっとしたのを、灯代は気付かなかった。
声をかけてきた背広姿の客に向き直り、いらっしゃいませ、どれになさいますかと愛想良く対応をする。

「豪人さん、お金お願いします」
「……おっ、おう、1575円になります、ありがとうございました」

冬の最中で雪がちらつく外だというのに、豪人の顔は火が出るほど熱くなり、ピアスだらけの耳朶まで赤くなっているのを灯代に知られないか、気になって仕方なかった。
……十年も前、師匠に連れられて度々訪れていた、遠縁の一族の屋敷。
離れの縁側に座って、寂しそうに外を見ていた赤毛の女の子。
呪いからくる病で家から出られないという、一度姿を見たきりで名前さえ知らなかったあの子が、すぐ側にいる。
直接会うのも、会いたい事を周りの大人に知られるのも恥ずかしく、豪人は鬼首家を訪れるたび師匠や家人の目を盗んで、見舞いのつもりでこっそり縁側に贈り物を置いていったのだった。
それでも彼女の母親にはなぜかバレていて、「あの子をいつも励ましてくれてありがとう」と帰り際に渡してくれた菓子の甘さと、ひらがなの手紙が甦った。
長い髪をばっさり切ったせいか、病弱だった頃が思い出せないほど溌剌と育ったせいか、同じ鬼首姓だというのにあの時の彼女と同一人物だとは豪人は気付きもしなかった。

(やれやれ、とんでもねぇクリスマスプレゼントだな……)

彼女が今でもリボンを大事にしているとは思ってもみなかった豪人だが、灯代の方もまさか隣にいる巨漢が『小人さん』の正体とは夢にも思っていないだろう。
ふと、もう一度密かに贈り物をしてみたいという思いつきが浮かんだ。
丁度いい事に、明日はクリスマスだ。
十年経ったあの子に、今度は何を贈れば喜ぶだろうか、と強面のサンタクロースが一人頭を悩ませている事を、灯代は知らない。

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