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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

STAIRWAY TO HEAVEN


頭上に振り落ろされる大鉈を継承刀で弾き飛ばし、灯代はがら空きになった相手の胴へと返す刀で水平の斬撃を見舞った。
鉄のように黒光りする皮膚に刃がざっくりと食い込み、生々しい手応えと共に人のものとは違う色の血が噴き出す。
大将格の鬼が崩れ落ちたのを目にして、周囲の雑魚鬼は暗がりへと散っていったが、侵入してきた人間の動向を未だ狡猾な視線で観察している。
鉄クマ大将を倒した灯代は、荒い息を整えていた。
制服のブレザーは所々裂けて破れた箇所に血を滲ませ、手にした継承刀は激しい戦いに一部刃こぼれしている。
彼女の傍らにいるべき仲魔――タタラ陣内の姿はなく、灯代のその姿は塔に入ってからの孤軍奮闘を物語っていた。
もし陣内がいれば、無数の剣の結界を展開させて敵から身を守り、傷一つ負わせなかっただろう。
灯代の剣に炎の加護を与えて威力を増し、鉄のごとき鬼の身体をもたやすく斬り裂いただろう。
召喚主たる彼女を支え、助ける鍛冶神の力なしに一人で戦うのがこんなにも苦しいものだとは思ってもみなかった。

(違う、私は一人じゃない! 陣内様の想いがいつだって共にある!)

灯代は陣内との絆である継承刀・紅蓮踏鞴を握る手に力を篭め、きっと顔を上げて前を向く。
手摺の向こう側には空を覆い尽くす暗雲が広がり、不吉な低い轟きと共に雷を閃かせていた。
灯代の内の不安や恐怖、そして間もなく飛び込む更なる修羅場を暗示するように。
それらを振り切って灯代は駆け出し、ひたすら上の階を目指す。
九重楼の最上階に座する、旧き神に会うために。

タタラ陣内が自ら妖刀に取り憑き、内側から力を抑え自分もろとも破壊させる策のおかげで、灯代は辛うじて勝ちを拾った。
しかし、妖刀ごと砕かれた陣内は戦いが終わってもその姿を見せず、彼が依代とする継承刀からも何の反応も無かった。
黒い塵となって消え失せた妖刀と同じ運命を辿ったのか、灯代は一人きりで自室に篭り、紅蓮踏鞴の冷たい刀身を眺め続けていたが、仲魔からの答えは返ってくるはずもなかった。
陣内が姿を消してから何日も経ったある日、灯代の前に先代サマナー・暁丸が現れた。
彼もまた妖刀に操られ曾孫との死闘を強いられたが、陣内の機転で事なきを得た身だった。

「お爺様、起き上がって大丈夫ですか」
「ふん、恋煩い拗らせたみたいなやつれた顔で心配されるほどではないわ」

とうに百を超えた老剣士の心身にとって、妖刀に支配されたのは相当な負担だったろうが、その減らず口には相変わらずの気骨が漲っていた。
恋煩いという例えに灯代はピンと来ないようだったが、実際の所その面持ちは戦場から帰らぬ男をいつまでも待ち続ける女のそれだった。

「陣内の奴は、まだ戻らんか」
「……はい」

再び俯いてしまった灯代と継承刀を見て、暁丸は小さく溜息をつく。
若かりし日の彼にとってもまた、タタラ陣内は仲魔であり師であったのだ。

「……例え戻らなくとも、過去を清算した事に悔いはなかろうが、お前の成長を見届けなかったのは心残りに違いないだろうよ」

自分の甘さゆえに朋友を失い、陣内の信条に背く修羅の道を自ら選び、そのために継承刀ごと仲魔を封印した過去。
この刀を次に受け継ぐ者に同じ轍は踏ませまいと願い、『俺に出来なかった事をあいつに教えてやってくれ』と陣内と交わした約束が甦った。
何としてでもその約束を果たさせたいと思うのは勝手な要求だろうかと思いながら、暁丸は唯一の手がかりを口にしていた。

「灯代、お前が試練を受けた九重楼の最上階におわすという神々の事は、知っているか」
「はい、天をも動かす力強く慈悲深き神だと……」

人間に火の熾し方と風を御する法をひそかに教え、その咎で幽閉されたという二柱の神。
タタラ陣内が司る『製鉄と鍛冶』はかの神々の行いから生み出された技術であり、それゆえ人に知恵を与えた事が間違いではないと示すため陣内は地上に降り立ち、その結果――
妖刀に見せられた陣内の過去を思い出し、灯代の眼に痛ましい感傷がよぎる。
かつての陣内の負の思念をそのまま宿した自我を持った妖刀、命拾いした今だからこそ思える事だが、憎しみに囚われ続けていた彼も悲しい存在だったのだと思う。

「タタラ陣内の生業の元となったかの神々なら、あるいは甦らせる術をご存知かも知れん」

だが……、と暁丸は口ごもる。
かの神々にお目通りするには、最上階まで自らの力で上って行き、それに相応しいだけの力を示さなければならない。
正式なサマナーになって一年足らずの新米では、力不足もいいところだ。
そこまでしても、塵と化した仲魔を甦らせる事が可能かまでは分からないのだ。
若きサマナーがそんな危険を冒し、犠牲を払ってまでも成すべき事なのか、暁丸は内心苦悩した。
仲魔もなしに挑めば途中の階で再起不能になるか、今度こそ死が待っているだろう。
陣内のおかげで折角助かった命をまた危険に晒して何になる、という考えに至るのは当然だった。
しかし灯代の心は、既に決まっていた。


九重楼の門を守護する鬼神・七転斎八起は、どう見ても未熟な新米が最上階まで上ると言ってきかない様に難色を示した。
灯代一人の力量では三階まで上るのがせいぜい、五階より上は命の保障は出来ないと七転斎から聞いても、灯代は考えを曲げなかった。

「……何も、出会う敵を全て倒さなければいけないわけではないんでしょう」
「それはそうじゃが、お主は仲魔もおらんだろう、せめて適当な奴を一体か二体は……」

七転斎の言葉に、家を抜け出そうとする灯代に声をかけてきたウコバクの事を思い出した。

『陣内の野郎……いや陣内様を助けに行くんでしょう? オイラを連れてかないなら、黙って出て行ったって当主に言いつけますぜ!』

本当なら灯代がサマナー試練を受ける時に仲魔として付き添うはずだったウコバクの、今度こそお役に立ちたいという願いを灯代は断った。
下っ端の小悪魔など足手まとい、という理由ではなく、無茶を承知で挑む死闘に巻き込みたくはなかった。
また仲魔を失うくらいなら一人の方が気が楽だとさえ思ったが、塔に入っていくらもしない内に灯代は自分の甘さを思い知る事になるのだった。



精神を集中させ口の中で呪を唱えると、急激に身体が軽くなった感覚。
僅かな間だけ何倍もの速度で動ける術を自らにかけた灯代は、急流を泳ぐ魚のように、風を切り翔ぶ鳥のように広間を駆け抜ける。
目にも留まらぬ素早い身のこなしとはいえ、人の気配に鬼が気付かないはずもないが、追って来る異形の影を灯代は必死で撒こうとする。
捕まれ囲まれれば最後の、文字通りの鬼ごっこだった。
先が長いうえ一人で挑まなければならない以上、後に備えてなるべく力を温存しなくてはならない。
逃げ足に物を言わせて極力戦闘を回避する、灯代なりに考えた攻略手段だった。
しかし、こうしたやり口の挑戦者相手に鬼も知恵をつけているのか、術の効力が切れ逃げる速度が落ちた隙をついてどっと押し寄せて来る。
再びかけ直している間はないと判断した灯代は、足を止めず抜き放った刀で立ち塞がる出目坊主を斬り伏せた。
屋内に設けられた安全地帯である階段に辿り着くまで、わずか数十歩の距離だったが、鬼の群れの中を強行突破した灯代は至る所に傷を負っていた。
出血を止めるため絆創膏を貼りながら、まだ軽傷だ、問題ないと灯代は己を鼓舞する。
この階段を上った先、四階にはより強い鬼が徘徊しているのだろう。
灯代は再び呪を唱えた、死神の手から逃れられるよう祈りながら。


四階を越え、五階に到達した灯代は、自らの魔力と術の効果が続く時間を天秤にかけながら、命がけの鬼ごっこを続けていた。
もともと短期決戦を好む性質に加え、ペース配分して長期戦を戦い抜くだけの経験がない灯代の魔力は早くも底を尽き出した。
回復のための道具を取り出す間もなく、魑魅魍魎が四方から迫ってくる。
それらを振り切り、一瞬も足を止めずに先へ先へとただ走る灯代は息を弾ませ、その眼は少しでも安全そうな場所を探して落ち着き無く動いていた。
その時だった。

「――うっ!?」

周囲の空気が重く淀み、泥濘に足をとられたように灯代の足がもつれる。
振り向くと、黒髪を振り乱した女の生首が逆さまの顔で嘲笑っていた。
速度倍加の術と相反する、動きを鈍らせる術をかけられたと気付いた時には既に遅く、灯代の身体は思うように前に進まない。
人の顔をした虎が、罠にかかった獲物を食らおうと近付いてくるのを見て、灯代の首筋に嫌な汗が流れる。
逃れなくてはと必死になればなるほど足は動かず、焦りのせいで無様に転んでしまった。
すかさず人面虎が灯代に飛びかかり、転倒しても辛うじて継承刀を離さなかった右手を強靭な前足でがっと押さえつけた。
ぞっとするような生暖かい息が首すじを撫で、人の口に生えた獣の牙が新鮮な肉を引き裂こうと迫る。

『どうしてもお一人で戦うってんなら、せめて、こいつを持って行って下せぇ』

灯代は力を振り絞り、左手でポケットの中から掴みだしたものを人面虎の顔に叩きつけた。
ウコバクから預かった小瓶が砕け、飛び散った中の油が瞬時に発火し、凄まじい炎が床や天井を舐めるが、板面には焦げ跡ひとつつかない。
生きながら焼かれてのた打ち回る人面虎の体の下から灯代は這々の体で抜け出した。
周囲の鬼まで火に巻き込まれて炎上し、辺りはそれこそ地獄の釜のような光景になる。
床を転がって髪や体に燃え移った火を消したはいいが、灯代もあちこち焦げて無事とは言い難い有様だった。
柱の陰に隠れ、おびただしい煙に咽せながら、火傷を負った手で今度は飴玉を取り出す。
魔力を固めた飴玉が口の中で溶ける時間ももどかしく、術をかけ直すための魔力を取り込もうと噛み砕いた。


八階を駆ける小さな人影と、それを追う幾多の異形の影を稲光が照らす。
鬼から姿が見えなくなる結界は、七階を突破するために使ってしまった。
浄化の炎を封じた呪符は、さっき雑魚鬼を散らすためにばら撒いてしまった。
もう『速瀬』の術を唱えられる魔力も残っていない。

「あと少しで……てっぺんなのに……!」

荒い息をつきながら歯噛みするも、疲労と負傷で足取りが重くなった灯代は、見る間に袋小路に追い詰められた。
振り下ろされる鋭い爪を、岩のような拳を、身を灼く火炎を、たった一振りの刀で受け流そうとするが、受け切れなかった分が容赦なく小柄な身体を打つ。
息が詰まるような痛打を横腹に貰い、骨まで達するほど肩を切り裂かれながら、それでも灯代の眼から戦意は失われていなかった。
身の程を知らぬ挑戦者の屍肉を啄ばみに集まって来たのか、九重楼の周囲には何十羽ものカラスが飛び交い、けたたましい鳴き声が響く。

「どけぇ!! 道を開けろ!!」

立ち塞がる黒ズズ大将の巨体を斬るには、この刃こぼれした刀では不足と判断した灯代は残り少ない魔力を燃焼させ、血と脂で汚れた刀身を炎で包む。
跳躍する勢いを乗せて叩き斬ろうとした瞬間、黒ズズ大将の拳がうなりを上げ、紅蓮踏鞴が手から弾き飛ばされた。
燃える刀身が薄暗がりに赤い軌跡を描きながら宙を飛び、床に突き刺さった時、炎は消えていた。
敵の目前で得物を失い、灯代は素手でむなしく空を掻いた、はずだった。

「っうああぁぁぁ!!!」

跳ね上がったスカートの下、太腿に着けられた白い革鞘から鋭い輝きが抜き出された。
灯代が肌身離さず身に着けていたその切り札は、彼女がこの九重楼でサマナーになった日、折れてしまった愛刀を陣内が打ち直した守り刀だった。
初めて鞘から抜かれた刃は、短刀とは思えない切れ味で黒ズズ大将の顔面を斜めに切り裂いた。
凄まじい絶叫と共にどす黒い血の霧が灯代の顔にまともに掛かり、飛沫が眼に入ったが意に介している暇もない。
着地と同時に灯代は紅蓮踏鞴に駆け寄り、左手に持ち替えた守り刀と一緒に構えた。

「鬼首の剣士がお前らなんかに負けたら……陣内様に顔向けできないんだ!! やってやる!! 斬られたい奴からかかって来い!!」

もし誰かがこの場にいたなら、消耗しきった手負いの人間の娘の方こそが、周囲にひしめく鬼よりもよほど鬼のように見えたかもしれない。
二刀流の灯代が床板を蹴り、殺到する鬼どもの間に血路を開かんと突進する。
暗い空にふたたび稲光が閃き、落雷の轟音が九重楼を揺るがした。

一歩一歩、よろめきながら階段を上る灯代の足元に血痕が筋を引く。
焦げて破れた制服を染める血は、もう自分の血か返り血かも分からない。
体力や魔力を回復する道具もとうに尽き、灯代はもはや気力だけで体を支えていた。
最後の飴玉の鎮痛効果も切れて全身が悲鳴を上げていたが、その痛みのおかげで意識を保っていられるだけマシかもしれなかった。

「陣内……様……」

痛々しく血の滲む唇が、傍にいない仲魔の名を祈るように呼ぶ。
刀を支えにして、傷ついた足を一歩ずつ踏み出す。
既に感覚のなくなった右手から紅蓮踏鞴を離さないよう、握った手に柄ごとシャツの袖を裂いた布切れで括り付けていた。

「絶対に……私は、陣内様を……」

息も絶え絶えに呟く意味を灯代自身も分からないまま、自分に言い聞かせるように繰り返す。
ふと顔を上げると、永遠に続くと思われた階段が終わり、その向こうから光が差し込んでいるのが見えた。
灯代はその光に誘われるように、よろよろと外へ出た。
途端、見渡す限り広がる青空の鮮やかさに、薄暗い塔の中に慣れた眼が眩んだ。
今まで塔の外から見えていた景色は雷鳴轟く暗雲だったのに、別世界としか思えなかった。
いや、高い高い九重楼を上っていくうちに、とうとう雲の上に出てきてしまったのかもしれない。
ついに最上階に辿り着いたのだ。
痣と擦り傷まみれの膝から力が抜け、へた、とその場に尻餅をつくように灯代は座り込んだ。
今ここで座ったら二度と立ち上がれないと思ったが、心身は限界を通り越していた。
何も出来ずぼんやりと青空を見上げている灯代の目の前で、風が巻き起こった。

「おお!? こいつ、全身ボロボロじゃねェか!! 仲魔もいねえのか!?」
「ワシがちょっと出掛けてる間に、一体何があったんだこりゃ?」
「にしても、よくここまで一人で上って来れたもんだぜ」

風と一緒に現れた、人とは明らかに違う肌の色をして額に角を生やした二人の巨漢は、傷だらけでうずくまる灯代の姿に驚き、轟くような大きな声を上げた。
この方々が、とはっと正気づいた灯代は指一本動かせずにいた体に鞭を打ち、その場に跪いて頭を下げた。

「雷電五郎様、太刀風五郎様ッ! 鬼首家のサマナー、灯代と申します! お願いに参りました!」

いきなり何なんだよおい、と呆れるような声がしたが、灯代は頭を上げず「お願いに参りました」と繰り返した。
ちっぽけな人間を見下ろしながら、二柱の神が互いに困惑顔を見合わせている事など知る由もない。

「サマナーなら、稽古つけてやるのが習いだけどよ……」
「こんな様じゃあクシャミをしただけでも吹っ飛ばしちまいそうじゃねぇか」
「戦えと言うなら戦います! 命でも何でも差し出します! お願いです、タタラ陣内様を助けて下さい!」

無我夢中で訴える灯代の必死さよりも、タタラ陣内、という名を耳にした二柱の表情が変わる。
傷だらけの灯代の姿を見かね、雷電五郎は自分の周囲に漂う雲を手で千切り、平伏したままの頭上へ持っていった。
雲から細い糸のように光る雨が優しく降り出した。

「こんなになってまで上って来たってこたぁ何かわけがあんだろ、話だけでも聞いてやろうぜ、ホレ、お前も楽にしろや」

灯代が恐る恐る顔を上げると、どこから持ってきたのか茶菓の乗った卓袱台と火鉢が用意され、五郎達は座布団の上に胡坐をかいていた。

それから、灯代は陣内を失った事情と、ここに辿り着くまでの経緯を話せる限り二柱に話した。
出来るだけ言葉を選びながら落ち着いて説明したつもりだが、つい涙がこぼれそうになり俯いて話を中断せざるを得ない時もたびたびあった。
灯代の上にだけ降りしきる雨と、決して急かさずただ黙って聞いてくれる五郎達に内心で感謝した。
その間、頭上の雲は光る雨を降らせながらだんだん小さくなり、やがて消える頃には灯代の全身の負傷は雨を浴びてあらかた癒えていた。

「そうか……あいつがなぁ……」

ようやっと話を終えた灯代に、大変だったな、と太刀風五郎は言葉をかけ、茶を一気に飲み干した。
途中から腕組みをしたまま難しい顔をしていた雷電五郎が口を開いた。

「お前の事情はよく分かったが、聞いた限りじゃ陣内が戻ってくんのはちっと難しいかも知れねぇなぁ」

妖刀が砕けた際、それに取り込まれ封じられていた無数の魂は解放され、妖刀に取り憑いていたタタラ陣内も恐らく同じようになったのだろうと雷電は言った。

「解放された? でも陣内様は戻って来なかったんですよ、やっぱりあいつと一緒に消え……」

認めたくないと声を震わせる灯代の肩に、いたわるように大きな手が置かれた。

「消えてなくなっちまった訳じゃねえよ、今は実体化する力もないだけだ」
「どういう事ですか」
「……その、陣内が作ったって刀があるんなら、いけるかもなぁ、雷電の」
「まあ、やってみる値打ちはあるかもしれねぇな」

灯代が後生大事に握り締めた継承刀に、二柱の視線が注がれる。
呪われた武器を討ち滅ぼすために陣内が作り出し、鬼首家に代々受け継がれてきた『紅蓮踏鞴』。

「ちょっと太刀風の顔を見に来るだけのつもりだったのに、嬢ちゃんに知れたら余計な事すんなってどやされるかもなァ」
「まあそう言うな、このまま帰しちまったらそれこそ寝覚めが悪りィ、御陵の家には何か美味い手土産でも持って帰りゃあいいだろ」

何やら相談する五郎達に挟まれ、灯代は訳が分からずただ瞬きを繰り返すばかりだった。





どくん、と心の臓に熱が注がれる感じがした。
炉の中に火を熾したような熱さだった。
手足を動かそうとしたが、全身の感覚がひどく鈍く、自分のものではないようだった。

「……さま」

覚束ない体に苛立つが、どうにも出来ない。
仕方なく熱が全身に行き渡るのを待ちながら、辺りを見ようとしても真っ暗で、声しか聞こえてこなかった。

「……内、様」

聞き覚えのある響きの声。
いったい誰の声だったろうかと、意識を集中させるうちに目の前が少しずつ明るくなる。
この声の主は近くにいるのだろうか、早く起きて答えなければならないと思った。
早く、起きなければ。

「陣内様っ!!!」

脳天に雷でも落ちたような叫び声に弾かれ、タタラ陣内は隻眼を見開いた。
暗闇からいきなり叩き起こされ、唖然とした顔で見上げると、赤毛の娘が青い眼に涙を一杯溜めていた。
涙の雫がにわか雨のように陣内の顔に降ってきて、娘の背後では懐かしい二柱の顔が笑みを浮かべていた。
状況を理解するまでに、相当な時間がかかったようにも思えるし、数秒だったような気もする。
首っ玉にしがみついて泣きじゃくる灯代の背中をさすりながら、もう大丈夫だ、大丈夫だから、と陣内は何度も繰り返した。
どうにか灯代が落ち着いた頃、五郎達が事の次第を説明してくれて陣内はようやく合点がいった。

「いやぁ、ちょっとした仕事だったぜ~」

妖刀と相討ちになり力を使い果たした陣内は、現世での実体を保つ事も出来ず、ほとんど思念だけの状態になっていた。
数百年がかりで徐々に力を取り戻すか、それが出来ないほど弱っていれば本当に消滅しかねないほどの瀬戸際だった。
陣内と深く繋がりのある継承刀を依代にして御霊を呼び戻し、刀が陣内の思念を受け入れたのを見計らって、二柱は火と風の力を分け与えた。
継承刀を中心に、肉付けされるようにタタラ陣内の姿が再生されていった。
やがて出来上がった体が鼓動を始め、生気が巡り、息を吹き返すまで、灯代は傍らでずっと陣内の名を呼び続けていた。

「……そうだったのですか、お二方には大変なお手数をおかけして……」
「帰りを待ってる女がいるんなら放っとけねえだろ、お前も隅に置けねぇな」

畏まった言葉遣いで礼を述べる陣内に、太刀風は豪放な笑いで返した。
意識もあやふやで、下手をすれば消え去る運命だった自分を甦らせてくれた二柱に、陣内は感謝してもしきれない思いで一杯だった。
それと同じ位に、ずっと自分の傍から離れようとしない灯代への気持ちを、何と言い表していいか分からず戸惑っていた。
陣内のそんな内心を読み取ったような五郎達に、俺らよりサマナーに言う事あんだろ、と小声で促され、おずおずと灯代の方に向き直る。

「あぁ、その、灯代……俺を、」
「陣内様……ご無事で、何よりでした」

今は外傷こそ見られないものの、ぼろぼろで血まみれの制服が最上階までの死闘を物語っていた。
たかが仲魔ひとりを甦らせるために、せっかく助かった命をわざわざ危険に晒して、ここまでして……
泣き腫らした眼で微笑むサマナーを叱るべきか褒めてやるべきか、言葉が詰まって出てこない陣内は思わず灯代の顔から視線を伏せ、自分の手を見てふと気付いた。

「……なんか、透けてねえか……?」
「そりゃそうだろ、急な復活だったからな」

幽霊のように手の輪郭がうすぼんやりして、掌から床が透けて見えていた。
力を分け与えられたとはいえ、衰弱していた陣内の実体化は不安定で、まだ下界で活動できるほどではないと五郎達は言った。

「早く元気が出るよう、サマナー様から生気を分け与えてやんな」
「分け与えるって……」
「接吻だよ接吻! 言わせんなよ恥ずかしい」

他にいくらでも方法はあるのだが、手っ取り早い手段として雷電が挙げたそのやり方を、灯代はすかさず実践に移した。
眼を閉じて顔を近づけ、陣内が驚く間もなく唇を重ねる。
傷は癒えたとはいえ相当に消耗したままの身体から、一生懸命に生気を送り込もうとする。

「…………」

契約の時に一度だけ陣内と唇を触れ合わせた事を思い出したが、自分からしたのはこれが初めてだと気付き、灯代は今更ながら頬が熱くなるのを感じた。
陣内はもう戸惑わず、灯代の背中に大きな手を回して口移しに与えられる生気を受け入れる。
やがて唇を離し、灯代が至近距離で囁いた。

「もっと、ですか……? 陣内様が元気になるなら、何度でも……」
「……そうだな、もっとだ」

もう一度、先程よりも熱を帯びた互いの唇が触れ合う。
「お熱いねぇ」「全くだな」と囃す二柱の野次も耳に入らない様子で、九重楼の最上階から見渡す限り青く広がる空の下、新米サマナーと仲魔は口付けを交わしていた。
『ありがとう』も『おかえりなさい』も『大好き』も、全て言葉にする前に唇と唇の間で溶けてしまうようだった。

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