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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

AUGUST MEMORIES ARE ALWAYS HOT


坂道の向こうに何を見つけたのか、隣を歩いていた灯代が駆け出す。逆光を受ける小さな背中を陣内は追う。坂の上に湧き立つ雲。手が届くはずはないのに、眩しいほど白い雲の上へと今にも駆け上がっていけそうに思えた。

・・・「入道雲」


鼻先に一滴、瞬く間に機関銃のような激しい雨粒が全身を打つ。二人で駆け込んだ軒下で通り雨が過ぎ去るのを待つ間、連れの濡れて透けたTシャツを気にする陣内と俺の服を羽織れ、陣内様のも濡れてるから結構ですと押し問答。やがて灯代が歓声を上げて指差した空には虹が出ていた。

・・・「夕立」


ラメが輝くオレンジ色を小さな筆先に取り、はみ出さないよう塗っていく。やがて鮮やかに彩られた十の足爪に灯代は満足気に息をついた。いつもは白靴下を履くが、何といっても素足の季節なのだから。乾くのをうずうずと待ちながら、陣内様に一番に見せに行こうと思った。

・・・「ペディキュア」


前々から欲しいと目をつけており、バーゲンで値下げされていたのを見つけて喜々として買った大人っぽいデザインのサンダル。少し高めのヒールだったが、灯代の軽快な足取りは変わらない。…その日の夕方、陣内に背負われて帰宅した灯代の素足は靴擦れだらけだったという。

・・・「サンダル」


呉服店「ここのつ」で新しく誂えた浴衣にご機嫌な灯代は、今年から一人でも着れるようにと母親に着付けを教わっている。むしろ俺が教わるべきかも知れんな、とけしからん事を考えつつ、いずれ乱すにせよ灯代の浴衣に似合う髪飾りを密かに手作りする陣内だった。

・・・「浴衣」


夜店に賑わう人々は皆お面で顔を隠し、提灯に照らされる足元は一様に影が無い。迷い込んだ人混みではぐれないよう手を繋ぎ、人界へ戻る道を探す。「陣内様、一回だけ…」「金魚でなくてお前が掬われるかも知れんぞ」屋台の誘惑と戦う灯代の唇は、すでにリンゴ飴で紅く染まっていた。

・・・「夏祭り」


手元で線香花火がぱちぱちと弾ける。大輪の打ち上げ花火にも劣らない夏の風情を楽しむ灯代だったが、先端の玉を途中で落としてしまい、残念そうな顔をする。陣内が燃えさしに手を添えると、指先から炸裂した鍛冶の火花が松葉の形に飛び散り、その光と笑みに灯代の顔が輝いた。

・・・「花火」


山の夜気に湧き水で淹れたコーヒーの湯気が混じる。ぱちぱちとはぜる焚き火の前でとりとめなく話す二人の他には、虫の声と葉擦れしか「陣内!嫁御!珍しい夜光花が咲いとるぞ、見に来んか?」猪巳山の主たる鬼首童子の声に顔を見合わせ苦笑した二人は、ランタンを手に立ち上がった。

・・・「キャンプ」


白いフリルかビタミンカラーか、どっちのビキニがいいかなと延々と迷っている灯代に「去年のは着ないのか、肩紐のないやつ」と訊く陣内。勢い良く飛び込みをして上だけがすっぽ抜けて浮いてきた思い出に、苦い顔で「サイズが合わなくなりました」とささやかな見栄を張った。

・・・「水着」


眩しい陽光が降り注ぐ空と海の間。ゴーグルを外した灯代は、砂浜で蟹と戯れていた陣内を泳ぎに誘う。金槌ではあったが、こんなに綺麗な海に入らないのは勿体無いと思い切って浮き輪に掴まった。「は、離すなよ!絶対離すなよ!」「はいはい、あっ陣内様、お魚がいますよ」

・・・「海水浴」


井戸から這い上がる女や、青白い肌の母子が画面に映るたび、布団を被った後ろ姿がびくりと震える。ホラーDVDに見入る灯代を「サマナーなのに怖いのかよ」とからかう陣内だったが、その夜暗い廊下を歩く短い距離の間、頼もしい仲魔はサマナーの背にやけに密着していたという。

・・・「怪談」


その晩、灯代が妙に恥じらっていた理由は床の中ですぐ分かった。一段と日に焼けた顔や手足に比べ、水着で隠れる部分だけが白く残っている。やけに艶かしい肌の濃淡の境目を指でなぞりながら「いっそ水着なしで泳いだら跡も残らないんじゃねえか」と言うと、小麦色の脚で蹴られた。

・・・「日焼け」


灯代が机の上に広げて選り分けているのは、大小の貝殻に綺麗な石などの海の思い出だ。「こうやると潮騒が聞こえる、なんて言うよな」と白い巻貝を耳にあてがうと、本当にゴソゴソと音がして…「うわああ!中身入ってるのかよ!」「ヤドカリをいじめないで下さい!」

・・・「貝殻」


浜辺でのすいか割りに興じる女子高生サマナーを横目に、仲魔達の会話。「すいか食う時、種吐き出すのが面倒だよな」「飲みこんだらお腹の中で芽が出るよ、陣内さん」「じゃあ灯代は種ごと食った方がいいかもな」「胸もすいか並に大きく…」背後に殺気を感じたのはその時だった。

・・・「すいか」


淀んだ空気の底で、熱い息と睦言が交わされる。はだけた夜着が火照る肌に汗で張り付くのも気にせず、灯代は陣内の肩にしがみついて揺さぶられるままになっていた。「溶けそうですね」「俺もだ」こんなに蒸し暑い夜なのに、互いの体温が快いのが不思議でならなかった。

・・・「熱帯夜」


即売会の凄まじい熱気と活気の坩堝の中、売り子として陣内を手伝う灯代は差し入れの飲み物で一息つく。私も一度自分で本を作ってみたいですね、と言う灯代に、陣内はいけない戦利品を隠しつつ「後で売上げで好きなものご馳走してやるからな」と自らの罪悪感をねじ伏せた。

・・・「夏コミ」


今日のお昼はガラスの器に盛りつけた冷やし中華(ハム増し増し)。麺の喉越しが残暑を一時忘れさせてくれる。「あっ陣内様、せっかく綺麗に盛ったのに最初から混ぜないで下さい」「混ぜて食うのが美味いんだろ、辛子取ってくれ」やがて箸を置く音に合わせ、風鈴がちりんと響いた。

・・・「冷やし中華」


人間より体の小さなちったい灯代には堪える残暑が続き、まして彼女を養っている陣内の部屋には冷房はない。カップアイスや保冷剤で暑さを凌ぐ灯代だったが、ある時ハンカチを結んだ快適なハンモックを作ってもらった。なお、陣内は落ちた灯代を回収する新たな日課が増えたという。

・・・「ハンモック」


鬼首家のお盆は、精霊馬とおはぎを手作りするのがお決まりだ。今年は暁丸の初盆だからと陣内は、胡瓜のバイクや茄子の重戦車といった力作を供える。普通の馬や牛の方がいいんじゃ…と横目で見る灯代は、胡瓜に楊枝を刺しすぎてやたら脚の多い新生物を生み出していた。

・・・「お盆」


高校卒業後、海外の灯代から友人達のもとへは度々絵葉書が届く。欧州の町並み、砂漠の風景…そして荒涼たる岩場で満面の笑顔の灯代と陣内の自撮り。よく見ると背景の星座は地上から見えるものと異なり、二人の頭上に青い星が見える。不可解な写真を手に若葉は夏の空を仰いだ。

・・・「残暑見舞い」


冷たさと甘さをしのぐ痛いくらいの刺激が口の中で弾ける。一気に飲み干そうとしたが「俺にも一口くれ」と陣内にねだられ、灯代は口を押さえながら瓶を差し出す。生理現象とはいえ乙女としてはしたない…とげっぷを我慢する灯代には、初めての間接キスにときめく余裕もなかった。

・・・「サイダー」


うだるような熱さの午後、昔ながらの鋳物のハンドルを手で回して氷を削る。色とりどりのシロップに目移りする中、灯代の希望は練乳をかけた白くまだった。一口ずつ交換して、口の中でいちごミルク味になるのを楽しむ。溶ける前に慌ててかきこみ、頭痛を催すのもまた楽しからずや。

・・・「かき氷」


椰子の葉陰で旅行鞄に腰掛け、定期船を待つ。この美しい島をもうじき発つのが名残惜しそうな灯代の髪に、陣内はドリンクに飾られていた熱帯の花を挿してやる。「また来ましょうね」「ああ」次に訪れる南国も、違う空の色と海の色で二人を歓迎してくれるのだろう。

・・・「常夏の国」


痒い、とふくらはぎを掻く灯代の日焼けした肌に小さな赤い腫れ。蚊取り線香を焚きながら、これが胸元や内腿だったら…と陣内が妙な想像をしたのは、暑さのせいだろう。「栞ちゃん!太腿にムヒ塗ってあげるよ」「あっあすか様、顔に蚊が」頬を張り飛ばす音が夏空に響いた。

・・・「蚊(虫刺され)」


地上の太陽が何百と咲き誇るひまわり畑で、灯代は人の背丈ほどもある特大の花束を差し出す。「憧れ」「愛慕」「あなただけを見つめる」という花言葉を陣内は知らなかったが、灯代の輝くような笑顔はその全てを表していた。

・・・「ひまわり」


額の冷たい感触で目を覚ます。濡れタオルを当ててくれた陣内によると炎天下で倒れたのだという。寝かされた芝生の上は居心地が良く、緑の天蓋から木漏れ日が差している。イオン飲料をゆっくり啜りながら「心配かけてすみませんが膝枕は結構です」といつ言おうか迷う灯代だった。

・・・「木陰で」


夏の市で鬼灯を売るのは、彼岸に帰る魂を導く灯りだからという。篝火のような炎を放ち、盆に里帰りする魂を狙う悪霊を退治した鬼灯色の髪のサマナーは、難を逃れた魂が闇夜に消えるのを見て「みんなも帰ってきてるといいですね、陣内様」と愛刀に話しかけた。

・・・「鬼灯」


満天の星空を再現したドームの中、夏の星座にまつわる神話をアナウンスが解説する。折角のWデートにも関わらず、灯代は隣の座席の陣内の肩にもたれて眠っていた。横で栞の肩に手を回し肘鉄を貰っているあすかといい、ロマンチックな状況には縁がない二組はそれぞれ幸せそうだった。

・・・「夏の星座」


天気図の渦巻きが徐々に大きくなるにつれ、強い雨風に家が軋む音が混じる。停電した室内の蝋燭の灯りに寄り添った影が揺れる。もし家が吹っ飛んでも建て直してやるよ、と頼もしい言葉に笑い返し、灯代は台所に立った。作り置きした冷えても美味しいコロッケを夕食にするのだ。

・・・「台風」


こんな夢を見た。蛍が飛び交う闇夜の中を息を切らして走っていた。何から逃げているのかも分からない。後ろから手を掴まれ、振り向くとあのひとだった。「おやまあ、とうとう捕まっちゃった」長い鬼ごっこが終わったと知り、遊び疲れた童の顔で彼女は事切れた。

・・・「真夏の夜の夢」


黄昏時に響く物哀しい声の主を探し、灯代は木々の間を歩く。鳴き声は聞こえるのに、いくら探しても生きた虫どころか死骸すら見つからない。迎えに来た陣内に手を引かれ帰る途中、その事を尋ねようとしたが止めた。二人きりの世界で、数十回目の同じ夏が静かに過ぎ去ろうとしていた。

・・・「ひぐらし」


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