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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

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灯代が身篭った。
何年かぶりに帰国してすぐ、体調の変化に気付いて病院に行って懐妊が分かったらしい。
彼女の父である当主の口からそれを聞いた時、陣内は咄嗟にその内容を理解できず、口を半開きにして唖然としていた。
傍目から見ればさぞ間抜け面だった事だろう。
灯代と早くから男女の仲であった以上、原因が結果を生むのは当然と言えば当然で、むしろ今までそうならなかったのが不思議な位だが、いきなりの話に陣内は正直戸惑っていた。
それでも、本当に俺の子か、などと間抜けに輪をかけた問い掛けをしなかっただけマシだろう。
横ではにかんでいる灯代の表情を見れば、そんな事は聞かなくても分かりきっている事だった。

「でかしたな灯代、よくやった」

灯代にかけるべき台詞を義父にあたる男に先に言われてしまった陣内は、言葉を失って所在なく黙り込むしかなかった。
世間の多くの男達と同じように、まだ父親になったという実感が湧かず、ただまごまごしていた。
既に入り婿同然で親が認めている仲とはいえ、祝言も済んでいないのに果たしてこれでいいのだろうか、と今更仕方ない事を考える。

「陣内殿、娘に子を授けて下さり感謝致します」
「い……いや、改めて言われるような事では……」
「生まれて来る子共々、これからも我が一族を宜しくお願いします」
「あ、ああ」

目の前の男も、灯代が生まれる時同じ心境だったのだろうかと思いながらも、月並みな返事しか出来ない自分が情けなかった。
隣の灯代はというと、陣内と同じく照れ臭そうに頬を赤らめてはいたが、やはり男と女の違いなのか、とっくに腹が据わったような顔でいる。
高校卒業と同時に、武者修行と称して継承刀を携え、陣内と共に海外に渡ったのがまるで昨日の事のようだ。
そのまま何年も諸国を渡り歩いて、長い長い旅路の果てに二人は再び鬼首家に帰ってきた。
海外滞在中にとっくに成人を迎えていた灯代だったが、陣内にとっては仲魔になった16歳の頃といまだ変わりない初々しいままだ。

「ちょうど三ヶ月なんだって? 身体大丈夫か」
「はい、控えた方がいい事とか病院で色々聞いてきました」
「それにしても、長~いハネムーンからやっと帰って来たと思ったら、孫も一緒とはとんだ土産だなぁ」
「もう父様! まだ生まれてませんよ」

父と娘の会話に割り込めず、陣内は居心地が悪いような良いような何とも妙な気持ちだった。

「あ、陣内様」

自室で土産物や写真を整理する手を止め、灯代は顔を上げた。
陣内はさも心配そうな表情で屈み込み、その顔を覗き込む。

「……身体、大丈夫なのか、寝てなくていいか」
「もう、大丈夫ですよ! 病人じゃあるまいし、飛んだり跳ねたりしなければいいってお医者様も言ってましたから」

何かにつけて身重の身体を気遣おうとする陣内だったが、灯代の方は同じ台詞を一日で何度聞いたか分からない。
剣を取って戦うような無茶をするつもりは流石にないが、この調子では少し出歩くのですら止められるのではと逆に心配になる。
灯代の手元に散らばる写真の一枚を、陣内は拾い上げた。
異国の空の下、民族衣装を着た子供達と灯代が写っている。
海の向こうにも国があり、そこで人々が暮らしていると知ってはいたが、自分が外つ国に行く機会が来るとは思いもしなかった。
砂塵が吹き付ける荒野を馬で横断した事も、俗世を離れた修道院に潜り込んだ事も、スラム街で未亡人が女手一つで経営する酒場の用心棒をやった事も、今となってはかけがえのない灯代との思い出だ。
この数年間、行く先々で騒動に巻き込まれたり、騒動を巻き起こしたりしながら、とにかく毎日刺激には事欠かない珍道中だった。

「そういえば、清秋君は来年あたり小学生になるんだっけ……」

口にしたのは、渡航前に近栄家を訪ねた時、まだ赤ん坊だった日生の息子の名前だった。
若くして母になった彼女は、父親については口にしなかったが、灯代も陣内もそれが誰かは薄々理解していた。
大江ノ捨丸が骨になってもなお不遜な顔を見せなかったのは、きっと照れ臭かったのだろう。

「ようやく帰ってきたんだし、自由に動けるうちにまた会いに行かないと」
「……無理だけはするなよ」
「分かってます、陣内様も一緒に来て下さいね」

海外にいる間も、ちょくちょく連絡を取っていた灯代の友人達も、今は子育てに悪戦苦闘しているらしい。
あすかは栞との間に授かった娘を溺愛しており、若葉は双子の男児を相手に毎日戦場のような忙しさだそうだ。

「みんなお母さんになったから、私が一番新米なのか……でも負けてられませんね」

分からない事とか色々教えてもらわなきゃ、と意気込む灯代に、新米なのは俺も同じだ、と陣内が言い、二人して顔を見合わせ笑った。
いつものように小柄な身体を抱き締めようとして、陣内が回した腕が寸前で止められる。
命を育むものになった伴侶の身体がつぶれてしまいそうな気がして、遠慮する陣内の内心を察したのか、灯代は自分の方からそっと触れてきた。

「ほら、陣内様……」

陣内の武骨な手を取り、まだ平らなままの自分の下腹部へと導く。
服越しでも温かさと柔らかさが掌に感じられ、気のせいかも知れないが、その奥に宿る命の小さな小さな鼓動までも伝わる気がした。
自分の血を引く命が、今こうして灯代の中に息づいている事に、陣内は目頭が熱くなるのを抑えられなかった。

「……あったかいな」
「陣内様の手も、あったかいですよ」
「何と言うか……命を生み出せるんだから、女ってのはすげぇもんだな」

無から有を生み出す鍛冶神の手でも成し得ない事を、灯代が成し遂げたのが陣内には我が事のように誇らしく、嬉しかった。
感心するようなその口調が可笑しかったのか、灯代はふふ、と笑う。

「陣内様がいなかったら、とても出来ませんでしたよ」
「……ば、お前!」

その意味に気付き、茹でられたように赤くなる陣内の反応に灯代は笑い転げる。
つられて苦笑しながら、俺と灯代の子が生まれたらいつかあいつにも会わせたい、と陣内は思う。
今もなお、人里離れた山奥で暮らしているであろう、人として生きたいと願った変わり者の鬼。
その鬼が人との間に残した子孫が人として生きていけるよう、ずっと鬼首家を支えてきた陣内は、童子の姿のままのあの鬼に百年ぶりに会いたい、と思った。
あいつの血を引く末裔が、俺の子を生んだと話したらどんな顔をするだろうか。
「陣内もとうとうヤキが回ったのう」と屈託無く笑うだろうか。
千年近く続く鬼首家の血脈に、新しい命が生まれるその日が、陣内は待ち遠しくてならなかった。

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