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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

SLEEPING TO DAYDREAM


眠っている私を遠くで呼ぶ声がする。
懐かしい、男の人の声。
夢の中以外で、一度も会った事がないはずなのに、懐かしいひと。

( 灯代 )

誰?と返そうとしても、そのひとの名前はいつも分からない。
片方を眼帯で覆った、燃えるような緋色の眼。
私の右目とよく似た色の眼で、私を見つめている。

( 灯代 )

このひとは私の名前を知っているのに、私は彼の事を思い出せず、もどかしくて情けなくなる。
きっと、とても大事なひとだったはずなのに、どうして思い出せないんだろう。
彼は、私の――――


「!! …………」

うたた寝から目を覚ました灯代は、熱っぽい瞼を押さえながら、咳き込まないようベッドの中でゆっくりと息をつく。
白い壁に白いシーツ、横の棚に置かれた折り紙で作った動物たち、並んだ写真立ての中の夏の思い出、いつもと変わらない病室の光景だった。
少し肩が冷えているのに気付き、灯代は眠っている間にはだけてしまった毛布を手繰り寄せた。
室内は空調が効いているとはいえ真冬なのだから、寝巻き一枚では肌寒いのも道理だった。
腕に繋がれた点滴のチューブに気をつけてゆっくり上体を起こすと、廊下の方から足音が聞こえてきた。
跳ねるような短い間隔の足音と、それを追うような杖を突く音。
あの子がお見舞に来てくれたんだと分かり、灯代の口元は自然にほころびた。

「ともちゃん、こんにちは!」

先に病室に入って来た赤毛の幼女は、屈託ない笑顔でベッドに駆け寄ってきた。
さっきまでミトンをはめていた小さな手は冷えており、灯代は両手で包んで暖めようとする。
少し遅れて来た黒髪の男は、片手で杖を突き、もう片手に雪の粒がついたコートを下げていた。

「寒いのに来てくれてありがとうね、ひーちゃん」

守門さんも、と彼女の保護者に声をかける。
一見すると男とも女ともつかない美貌を長い黒髪から覗かせ、彼は小さく会釈した。

「ともちゃん、ねてたの? ……おこしちゃった?」
「ううん、ちょっとうたた寝してただけだよ……また変な夢見てたから、ひーちゃんが起こしてくれて良かった」
「へんなゆめ……『あのひと』、またでてきたの?」
「うん、同じあの人」

古い形に髪を結い、浅黒い肌をして、赤い眼帯を着けた男。
その男が夢に繰り返し出てくるようになったのは、ちょうど灯代が病で倒れた頃からだった。
一度も会った事がない相手のはずなのに、なぜか懐かしい気持ちがした。
ずっと前、自分が蒼乃祇家に引き取られる前に家族と記憶を失った事件と、何か関係があるのかとも思ったが、それ以上思い出そうとすると頭痛がしてどうしても分からないのだった。

「ともちゃんの、むかしのこいびとなのかな」
「あはは、そうだったらロマンチックなのにね」

まだ小学校にも上がらない幼女のおませな発言に、灯代は声を上げて笑った。
『その男』の素性を、灯代とどういう関係であったかを知っている守門は目を伏せたまま、二人の他愛ない会話を聞いていた。
『ひーちゃん』とお話をする灯代は、以前より痩せていて顔色こそ優れないものの、病人とは思えないほど快活に振舞っていた。
とても末期の病に侵された患者には思えない。
わざわざ訪ねてきた見舞い客の前で寝込んでいられないと無理しているのか、知り合いの顔が見られたのが嬉しくて一時でも元気が出るのか、たぶん両方なのだろう。

「良くなったら、ひーちゃんと一緒に美味しいホットケーキ焼いて、父様たちに食べてもらおうね」
「うん、やくそくね! あ、それからまたみんなで、ゆうえんちいこう!」
「前行った時すごく楽しかったもんね、メリーゴーランド乗ったり、フライングカーペット乗ったり……今度こそ若葉ちゃんも、来てくれるといいなあ」
「あおにーちゃんもまたくるかな?」
「ひーちゃんがお願いしたら、きっと来てくれるよ」

過去を失った二人が、さも楽しげに未来の事を話している中、窓ガラスの外では灰色の曇空から雪が降り積もっていた。
――ああ、あの頃と大して変わらねェなあ、と内心で独白しながら『捨丸』として二人を見ていた頃の事を守門は思い出していた。




「これも、棺に入れてあげて」

ささやかな葬儀の後、告別室で綾里が差し出した細長い包みの布を解くと、中から現れたのは一振りの刀と、白い革鞘に収まった短刀だった。
それまでの生活を忘れ、戦いから離れた灯代が近栄に残していき、それっきりになっていた形見の品だった。

「……近栄が瓦解して、蔵の中の物とまとめて売られていったもんだと思ってたぜ」
「書物やらと一緒にヤタガラスに引き取られて、あれからずっと保管されてたんだよ」

書類を誤魔化して持ち出すのは骨が折れたけどね、最後は持ち主に返すのが道理でしょ、と綾里は事も無げに言う。
棺の中、弔花に埋もれて横たわる灯代の隣に置かれた継承刀と守り刀は、いささか物々しい感じではあったが、ようやくあるべき所に戻って来たように見えた。
かつての主人である、鬼首家最後の人間のもとに。

「ばいばい、灯代ちゃん。 向こうに行ったら迷わないで家族に会えるといいね」

やがて棺が炉の中に運び込まれるのを見届け、外に出た喪服姿の二人はどちからかともなく口を開いた。

「そういやあ、なんで陣内の野郎、今になって夢になんぞ出てきたのかねェ」
「さあね、お前があの子の記憶を食ってやったつもりでも、いくらか残り滓があったのかもよ」

綾里の言葉に、守門はまだ桜も咲かない春先の空を眺める。
あの時、自分は灯代の記憶を封印するのではなく、跡形もなく食らって消した。
近栄の家で辛い目に遭った出来事だけではない、失った家族や仲魔の事も、サマナーであった過去も全て忘れさせて、何も知らないまま新しい人生を送らせようと。
背負った重荷に耐え切れず潰れるより、何もかも忘れてしまった方が楽に生きられると、氏神だった頃の長い年月はかつての『捨丸』にそれを思い知らせていた。
だが、灯代と陣内との繋がりは『記憶』だけではない。
あの緋色に変化した右目は、灯代を生かそうとした陣内から受け継いだものだ。
主の命と引き換えに陣内は生気を絞り尽くし、この世から消えたかのように思えたが、そうではなかったとしたら。
灯代の内に溶け込んで、その命を燃やし続け、彼女を生かしていたとしたら――

「鬼首の娘を、俺達から奪い返しに来たのかもなァ」

守門はぼそりと呟き、死人の事をあれこれ考えても仕方ないというように、懐を探って煙草を取り出す。
俺も一本貰えるかな、と綾里は横から手を伸ばして煙草をせしめ、掌で風からかばいながら火をつけた。
立ち上る紫煙の匂いが、植え込みの沈丁花の香りに紛れて溶けていった。

(END)

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