俺の屍を越えてゆけ
いと愛しき日々 前編
「はぁ~……」さわやかに晴れた空に似つかわしくない、何とも憂鬱そうな溜息。
その溜息を漏らしたのは、短く切り揃えた赤い髪にぱっちりした藍色の眼が印象的な、まだ幼さの残る顔立ちの娘だった。
呪われた一族に生まれたこの娘・灯代は、屋敷の中で一人、浮かない顔でいた。
鎧兜で武装している時は凛々しい美少年と間違えられそうな灯代だったが、今は愛らしい小花柄がちりばめられた卸し立ての小袖を着ている。
鬼と互角に戦う剣士も、こうしてそれなりの格好をすれば、花も恥じらう年頃の乙女だと誰もが認めるだろう。
そして本人は気付いていないだろうが、表情や所作に微かに滲む色香は、ついこの間『交神の儀』に臨み、男女の事を知ったばかりのためだった。
交神相手の鍛冶神・タタラ陣内は、灯代自身が『朱の首輪』から解放した時より自覚なく彼の男神を恋慕していたが、言葉を交わし肌を合わせて一層その想いは深まった。
タタラ陣内もまた灯代のまっすぐな気性を気に入り、彼女にとって初めての男になる務めを果たした。
物心ついて以来鬼を斬り続けてきた灯代も、このたび初めて普通の女としての幸せな時間を過ごしていた……はずだったが、交神の儀が始まって以来、灯代はずっと『ある問題』に悩まされていた。
『交神の儀』では一族の者が天界に赴いて子を成す事もあれば、逆に神が下界を訪れる事もある。
今回のタタラ陣内は後者であり、交神のため下界に滞在する一月限りだが、一族の屋敷の客人という立場にあった。
灯代と陣内が初めて夜を過ごした翌日、和やかな朝食の席で灯代の父でもある一族当主が唐突にこう尋ねてきた。
「タタラ陣内様、灯代との交神の儀はつつがなくお済みになりましたか」
「ああ、すべき事はやり遂げた」
当人達にとっては何気ない会話だったが、横で聞いていた灯代は動転して思わず茶碗を取り落としてしまった。
「とっ父様っ! 陣内様っ! 何をっ!?」
「おい、食事中に大声を出すな、はしたないぞ」
父に咎められたが、背後からの敵襲にもうろたえない灯代は二人の言葉に昨夜の情事を思い出し、顔を真っ赤にして動揺しきっていた。
仕事熱心だがそれ以外には無頓着なタタラ陣内はイツ花にご飯のお代わりを所望していた。
「み、皆聞いているのですよ! そんな事……」
自分にとっては秘すべき事を人前で話題にされたのが恥ずかしく、灯代は二人の無神経さを責めようとしたが、しっかり聞いていた一族の面々は目を輝かせて灯代に祝福の言葉をかけた。
「そうか、やり遂げたか! おめでとう!」
「灯代は剣一筋で色恋には興味ないかもと思ってたけど、うまくいって本当に良かったなー」
「ねえねえ、どんな感じだったの? あたしが交神する時のためにどういう事したか聞かせて!」
自分の初体験の事を親戚一同に知られるというとんでもない辱めに遭い、灯代は頭から煙が出そうだった。
仮初めとはいえ、自分の伴侶であるタタラ陣内に助けを求めようと縋るような眼を向けたが、純情な乙女の想いはあっさり裏切られた。
「陣内様、灯代は交神で何か粗相しませんでしたか?」
「そんな事はなかったぞ、反応も可愛らしかったし床での覚えも早かった」
「陣内さまーーー!! もう、みんな嫌いッ!」
よくあの時、家出を思いとどまったものだと自分でも思う。
皆に悪気がないのは分かっているので、灯代もそれ以上怒ったりする事はなかったし、タタラ陣内ともその夜のうちに、外れた雨戸と夫婦喧嘩は何とやら……という文句の通り仲直りしたが、それまで色恋には人一倍うぶだった灯代にとっては、大変な出来事だった。
しかし、それで終わりではなかった。
今月いっぱいは討伐にも選考試合にも出ないが、灯代は余念なく次の戦いに備えようと剣や術の稽古に励んでいた。
さすがに甲冑は着けず平服にたすき掛けの格好で、気合い一閃、刀を振るい巻き藁を真っ二つに斬る灯代の勇姿を陣内は縁側から見物していた。
「見事なものだな」
「あ、陣内様……見ていらしたのですか」
稽古に集中するあまり陣内がいる事にも気付かなかった灯代は、声をかけられて初めて振り返った。
若い娘に似つかわしくない荒事だが、灯代の一族は男も女も生まれながらに鬼と戦う定めで、相手もそれを承知なので、良人にはしたない所を見られたとは別に思わない。
「その刀も、お前に振るわれて嬉しそうだ」
「そんな、まだ未熟ですけど……でもいつかきっと、刀に見合うだけの剣士になってみせます」
灯代が手にしている『天目一刀』は、元々鬼から手に入れた戦利品で、朱の首輪で鬼に変じていたタタラ陣内の解放に一役買った刀であった。
二人の出会いのきっかけとなったこの刀を、灯代はあれからいつも大事に手入れしている。
物を言うわけでもなく無機物に過ぎない刀であるが、鍛冶を司る神である陣内にはそれに込められた思いが分かるのか、自分のもう一つの名が付けられた刀が灯代と共にあるのを見て嬉しそうだった。
「私、生まれてくる子を守るためにもっともっと強くならなくては!」
陣内が見てくれていると思うと一層やる気も増し、灯代は張り切って愛刀を構え直したが、そこに洗濯籠を抱えたイツ花がやって来て「あらっ!」と声をあげた。
「何をなさってるんですか、灯代様!」
「え? いつも通りの剣の稽古だけど?」
いつも明るいイツ花は珍しく険しい顔になり、有無を言わせぬ様子で詰め寄ってきた。
「お子様を授かる大事な体なのに、怪我でもされたらどうするんですか!」
「でも稽古しないと腕が鈍っちゃうから……」
「だ・め・で・すッ! 今月ぐらい大人しくなさって下さい」
そう言われても、交神が終わって来月また出撃する時、戦い方を忘れていては皆の足手まといになってしまう。
稽古を禁止されて不満そうな顔をする灯代に、イツ花はさらに追い討ちをかける。
「ほら、一月の間しかいっしょにいられないんですから、剣の稽古よりも陣内様といい事なさって下さいネ」
「もう、イツ花まで……」
交神の儀は儀式に望む当人だけでなく、一族全員が心を合わせて行うものだが、こんなふうにいちいちからかわれたり世話を焼かれたりするのは恥ずかしいし、居心地が悪い。
とはいえ、みんな灯代を困らせようというつもりはなく、これまで剣一筋、戦一筋だった灯代が恋する乙女の顔になっているのが珍しい……もとい喜ばしくてやっている事だけに、放っておいてときつく言うわけにもいかず、灯代は溜息をついた。
ある意味でのろけとも取れるような微笑ましい悩みであったが、いつでも生真面目な灯代としては結構真剣なのであった。
イツ花の言う『いい事』をする前は、まだほんの少し緊張する。
床が延べられた二人きりの部屋で陣内と向かい合い、何気ない会話をしながらも灯代は内心落ち着かない気持ちでいた。
「こんな日が高いうちからするのは初めてだな」
陣内の言うとおりまだ辺りは明るく、障子を透かして陽の光が室内に差している。
同じ部屋で同じ事をするのでも、闇の中で灯りを頼りにお互いを求めるのとは違っていた。
白昼堂々こっそり隠れて秘め事を行う、その何となく後ろめたいような気持ちが余計に灯代の胸を高鳴らせた。
交神に使うこの部屋には外部から一切の干渉を防ぐ結界が張られ、室内での情事は誰にも知られないと分かっているが、それでも二人の姿が見当たらなければ『交神中』だと皆に感づかれてしまうだろう。
その事をネタにまたからかわれたら恥ずかしい……と灯代は陣内に漏らす。
「あまり気にするな、人として当然の営みなんだからいちいち恥ずかしがっていたらやっていけんぞ」
「そ、そういうものでしょうか……?」
「だからお前も、俺との間にこさえた子がでかくなって交神する時が来たら暖かく見守ってやれよ」
陣内に言われてもやはり抵抗がある様子の灯代だったが、まだ見ぬ我が子の交神に気を揉む未来の自分を想像して思わず笑ってしまった。
短命の呪いに縛られた自分の命がいつまで保つは分からないが、そんな時が来るまで頑張って生きていたいと思った。
陣内との子を授かるのが待ち遠しくて仕方ないが、今は共に過ごす幸福をただ享受したくて、灯代は陣内の胸に体を預けた。
「ん……」
初めての時は口付け一つにもおっかなびっくりの灯代だったが、心地良さを知った今では積極的に唇を求めてくる。
陣内も遠慮せず、灯代を抱き寄せてその瑞々しい唇を同じだけの激しさで貪った。
「陣内様……」
「物欲しそうな顔をしてるな」
陣内の言葉通り、いつも凛とした藍色の瞳は早くも潤み、なめらかな頬はほんのりと上気している。
一夜と間を置かず情を交わしているせいで、それだけ火もつき易くなったが、うぶな性根は変わっていない。
理性や慎みの一欠片までも溶かしてやろうと、陣内はもう一度灯代の唇を吸った。
「剣の稽古は中断されちまったが、今日は代わりに床の稽古といくか」
体を動かして汗をかく点では変わりはないが、剣術とは違ってこちらの方は覚えて日が浅い灯代は相当苦戦していた。
すでに帯を解かれた小袖の前はあられもなくはだけられて、つんと上を向いた双乳のあわいに玉の汗がいくつも浮かび、頬も目元も紅を刷いたように色づいている。
彼女をそうさせたタタラ陣内も今は上半身に何も纏っていないが、灯代ほど火照っている様子ではない。
ただ力を使うだけではなく、繊細な技術から成る鍛冶仕事を司るこの神は、無骨な容貌とは裏腹な丁寧さで女体を扱う。
どんな悪鬼も恐れない気丈な女剣士が、鍛冶神の熱い指先にこの上なく優しく触れられるたびに「だめ……」「もう許して」と戦場では決して吐かない音を上げる。
一番触れて欲しいところに陣内は手をつけないまま、灯代の身体を燃え立たせていた。
小柄な肢体をよじり、真っ白な夜具の上で乱れる灯代自身の口からねだるしかなかったが、肝心な所はどうしても言葉に出せなかった。
「陣内さま、後生ですから、灯代の……灯代のここを……」
「分からんな、お前の『どこ』だって?」
「うぅ……」
わざととぼける陣内は何とも人の悪い笑みを浮かべ、恥じらう灯代に『女の部分』を示す語を言わせようとする。
何度も躊躇いながら、灯代はついにその望みを口にした。
「灯代の、火処(ほと)を……可愛がって下さいっ……」
布団の上に仰向けの格好のまま、懇願するように陣内を見上げる灯代の眼からは今にも涙がこぼれそうだった。
裾を乱されてもなお慎み深く閉じ合わされていた腿を灯代は自ら誘うように開き、今口にした疼いてたまらない火処を晒した。
「お願いです……早くっ……」
「おい急かすな、せっかくまだ明るいんだから、先に中までよく見せて貰おうか」
苦笑する陣内の指が柔らかく閉じた花びらをくつろげ、その内側に息づく濡れた襞までも露わにする。
灯代がこうして女の部分を見られるのはもちろん初めてではないが、薄暗い所ではなく明るい昼の光の中で何もかもがさらけ出されていると思うと、初夜の時以上に恥ずかしくてならなかった。
腰を突き出す灯代自身も見た事がない、捲れた粘膜の淡い色合いや後ろの慎ましい窄まりまでも陣内は一通り鑑賞し、ほう、と呟いた。
「……こうして明るい中で見ると、灯代の唇そのままの色をしているな」
咲き初めた桃花の色、などという例えより直接的で、それだけに灯代の頬は髪の色に負けないほど赤くなった。
きっと、夜のため唇に紅を差すたび思い出してしまうだろう。
陣内には辱めるつもりはないが、この上まだ焦らされれば理性の焼き切れた灯代は陣内の前であろうと構わず自分の指で慰めていたかもしれない。
「さて、覚悟しろよ灯代」
「あぁっ……!」
潤った襞の間にようやく指が潜り込み、灯代の上の唇から喜悦を隠せない声が漏れた。
しかし陣内の指はいきなり奥へと進む事はせず、襞の合わせ目に息づく小さな蕾へと伸びた。
初夜の時にここを弄られて灯代があっけなく気をやってしまって以来、たびたび蕾を責めては灯代が乱れる様を堪能していたが、今日も同じやり方ではつまらないと思ったのか、陣内はひとつ提案した。
「灯代、俺が十数える間、気をやらずに耐えてみろ」
「えっ!? ど、どうしてそんな事……」
「床の稽古だと言っただろう? もし耐えられたらお前の言う事を何でも聞いてやる」
ほんの戯れに過ぎなかったが、素直な灯代は本当に床の稽古とはこういう事をするものか、と相手の言葉を真に受けてしまった。
始めるぞ、と陣内の指が襞の中で動いた。
「一……二……」
ぬる、にゅる、と蜜にまみれた割れ目を指が滑り、濡れた音を立てていたいけな蕾が嬲られる。
仰向けで腰を突き出して全てをさらけ出した格好のまま、灯代は愛撫に追い詰められるしかなかった。
「三、四」
「んんっ……んふぅ……」
「五、六……」
「ひうぅっ、くぅんっ!」
この甘美な責め苦に眉を寄せて唇を噛み、言われたとおり健気に耐えている灯代のすべすべの腹に力が入り、形のいい桃尻が引き締まるのが陣内にも分かる。
八まで数えたところで、なおも堪える灯代に陣内はとどめを刺そうと小さな器官の包皮を器用に剥き上げ、灯代自身でもじかに触れた事のない剥き出しの蕾を指先できゅっと摘んだ。
「……っ!!」
ただでさえ敏感なのにこんな真似をされてはひとたまりもなく、布団に爪先を突っ張らせ、声にならない悲鳴と共に灯代は陥落した。
直後、十、と陣内が数え終わるのにも気付かなかった。
「あ……ふあぁ……」
余りに鮮烈な衝撃の余韻は長く続き、息をつくだけで精一杯だった。
花びらから溢れ出るほどの濃厚な蜜は、灯代がどれほど感じたかを示しており、それが陣内の指との間にとろりと糸を引く様を見て顔を覆いたくなったが、陣内は勝者の余裕とでもいうのか満足げな表情だった。
「うむ、頑張ったな」
「陣内様、意地悪……あんな事して……」
健闘を労う言葉をかけられた灯代だったが、一方的にしてやられた気がしてちょっぴり悔しく、まるで迫力のない潤んだ眼で陣内を睨んだ。
「もう一勝負といくか」
陣内に宥めるように髪を撫でられながら、静かに覆い被さってくる男の重みを感じた時、灯代はまた身体の芯に新しい熱が宿るのを感じた。
生娘だった頃とは違い、もう指戯だけでは満たされないと身をもって知っていた。
灯代のなかで、襞々の一つ一つが、子を宿すための小さな部屋が、激しい熱で溶かしてくれる陣内を待ち望んでいる。
「ゆっくり、するからな」
安心させようとする陣内の囁きに、灯代はただ頷くことで先を促した。
くつろげられた下衣から反り返る肉柱に花びらを割られ、緩慢なほどの速度で貫かれる間、二人きりの閨に押し殺した喘ぎが響いたが、それは初夜の時とはまるで違った艶を帯びていた。
「あぁぁっ……もう、いっぱいっ……」
太く張り出した雁首に、狭い道を押し広げられ濡れ襞を余すところなく擦り上げられるのは何度目でも慣れず、ぞくぞくとした拡張感に灯代は悩ましい声を上げた。
ようやく全てが収まって、お互いに深く息をつきながら見つめ合う。
何度も見ている陣内の顔だったが、光の加減のせいか、いま灯代を見下ろしている隻眼は灼熱した鉄の色をそのまま映したように鮮やかな緋色に見えた。
緋色と藍色の視線が空中で絡み合う。
どちらからともなく、相手の唇を求め、指と指を絡ませた。
(……あったかい)
身も心も陣内と繋がっている悦びに、灯代は全身で相手にしがみつき、大きな肩に顔をうずめた。
お互いの形をすっかり覚えるぐらい交合っているのに、灯代の反応はいまだ初々しいものだった。
前戯の時に乞われたとおり、腰が立たなくなるまで可愛がってやろうと陣内はより奥へと突き込む。
そこに火をつけた陣内本人も驚くほどに熱い火処だった。
「んっ、ぅん……んんっ」
「本当にお前は、気持ちよさそうな顔をするな」
陣内から与えられる全てを受け入れながら、灯代は自分からも腰を浮かし快楽を追っている。
戦いに臨む時の研ぎ澄まされた眼差しとはまるで違う、蕩けた瞳で陣内を見上げ、燃え上がるほど紅潮した柔肌は汗に濡れ光っている。
強くあろうと志す剣士の灯代も、今こうして一人の女として陣内の腕の中にいる灯代も、愛しかった。
灯代の最奥、陣内しか知らない深みに、粒立った感触の一帯がある。
その一番いい所を突くたびに、互いの肉と粘膜との間に火花が爆ぜるほどの快感が走った。
「ひっ……! 陣内様、そこ、だめぇっ! 凄くいいの……!」
灼けた鉄を何度も打ち込まれるような力強い抽挿に、灯代は駄目なのか良いのか支離滅裂な訴えをしている事にも気付いていない。
お返しするように、夜毎の営みで柔らかくこなれた襞が、生娘だった頃のようなきつさで締め付けてくる。
終始灯代を悦ばせるのに集中していた陣内もさすがに余裕を無くし、奥歯を噛み締めた。
「こんなに食い締めやがって……」
「あっ、あぅっ、もうっ……!」
背筋が震えるほど甘美な歓待に陣内の肉杭はいっそう猛々しくなり、それを直に感じて灯代の奥から官能の雫が布団を濡らすほど溢れ出た。
おねだりするように淫靡に蠢く襞が、肉柱が深々と突き込まれ引き出されるたびに捲れ返っては元に戻る。
時に凛々しく、時に愛らしい灯代の秘めた淫蕩さを知り、陣内は余計に煽られて深く腰を使った。
摩擦で火傷するのではないかと思うほど熱い抽挿に、灯代の腰が堪らないように布団の上で弾む。
「はぁっ、あ……あぁ……!!」
「お……もう、イッちまいそうか?」
頬を真っ赤に染め、きゅっと眉根を寄せて今にも果てそうになるのを耐えている灯代の火照った耳朶に、陣内は囁いた。
しかし灯代は赤い短髪を左右に振り乱し、身も心も蕩けんばかりの熱の奔流に抗う意思を見せた。
「まだ……まだ、だめ……!」
「ん? 何が駄目なんだ?」
「私ばっかりじゃ…… 陣内様がっ、先に、イッてくれなきゃ……だめぇ……」
前哨戦で、十数える間もなくあっけなく気をやってしまった事が悔しかったのか、灯代は今度こそ、せめて陣内が先に精を放つまでは往生するまいと必死に堪えているらしい。
灯代のこんな負けず嫌いな一面を床の中で知るとは思いもよらず、可笑しいのともっと悔しがらせてやりたい意地悪な気持ちが半々になって、陣内は苦笑した。
「意地を張るな、可愛い奴め」
一旦動きを止めた陣内は、きつく閉じられて睫毛に涙を滲ませた灯代の瞼に口付けた。
恐る恐る目を開けた灯代は、開かれたままの肉体を恥じるように、見つめてくる陣内から目を逸らしたが、またおずおずとその顔を見上げる。
「我慢するなよ、最後まで全部見ててやるからな……」
陣内が再び身動きすると、繋がった処から甘く粘る蜜音が立ち、布団に預けた灯代の背中が仰け反った。
これほど潤っていなければ怪我をしてしまいそうなほど熱く硬く、しかし馴染んだ形の肉にかき回され、突き上げられて繊細な内襞が悦びに震える。
もはや勝ちも負けも存在しない領域で、ただ灯代は無意識に陣内の力強い腰を腿で挟んで引き寄せ、じきに訪れる全てを小柄な身体で受け止めようとしていた。
奥の奥に隠された、灯代の泣き所である柔らかく粒立った一帯を荒々しく擦り立てられ、その瞬間は間もなく来た。
「も、もぉ……あ、んあぁ! あぁぁ……っ!!」
埋め込まれた火種が一斉に弾けたように、灯代は狂おしく燃え上がった。
絡み付く内襞が収縮し、窮屈なほど絞り上げてくるのに煽られた陣内は自身をさらに深く沈める。
もう陣内の意志では止められない。
火処の最奥に食い入った筒先から、熱い精が断続的に迸り出るのを繊細な粘膜に感じ、貫かれたまま灯代が声を上げた。
「あぁ、あ……!」
「く、う……!」
二人の上ずった声と共に、吐精する陣内の腰に押さえつけられた灯代の薄い腰が生々しく蠢く。
立て続けに気をやってしまったようで、その唇はただ甘く喘ぎ続け、蕩けた藍色の眼はもう何も見ていなかった。
「そんなにされたらっ……溶け……ちゃう……」
煮えたぎるほどの熱情の限りを注ぎ込まれ、震える語尾はもう言葉にならなかった。
遂情した余韻がまだ残る灯代の表情は、さっきまでの乱れ様が嘘のような、それこそ天界にでもいるような安らかなものだった。
一仕事終えて力が抜けたものがゆっくりと出ていっても、まだ熱の引かない肢体を陣内に抱きかかえられてうつ伏せにされ、脱げてしまった小袖を汗ばんだ背中にふわりと掛けられる。
風邪を引かないようにしてくれたんだ、と灯代は思ったが、その上からなおも触れてくる陣内の愛撫は事後の戯れにしては濃厚で、何か妙だと気付く。
「陣内様、また……?」
「真っ昼間から『可愛がって下さい』なんてねだられたら、これっぽっちじゃ済ませられねぇな」
「あっ、いやぁ、こんな格好……!」
うつ伏せの身体に掛けられた小袖から覗く、すんなりした下肢に膝をつかせて手鞠のような尻を掲げさせられた。
このまま後ろから責められ、恥態を晒す事を想像してしまい、灯代の最奥はまた羞恥と期待に疼いた。
後ろからは嫌か? と肩越しに訊いてくる陣内に、灯代は互いの温もりの染みた布団に顔をうずめ「できれば、お手柔らかに……」と、消え入りそうな声で答えた。
夜ごと日ごと、灯代は陣内の手で溶かされ、一月の間に心も体も形を変えられていく。
自分自身でもどんなふうに変化していくのか分からなかったが、交神の相手に陣内を選んだのを後悔しない事だけは確信していた。
(続)