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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

IRON MAIDEN MEETS BLACKSMITH


病に倒れた先代サマナーの跡を継ぐため、まだ半人前の灯代が予定より早く試練に臨んだのは、彼女が十六歳になる誕生日のことだった。
乗り越える事ができなければ、力が無いと見なされるか無惨な死を遂げるか二つに一つの試練。
サマナーとしての実戦力を試すその内容は――九重楼の門番・七天斎八起を倒す事。
悪魔を倒せる最低限の力がなければ、サマナーは仲魔を従える事はできない。
灯代は身に付けた剣技と術のみでこの死闘を切り抜けなければならなかった。


禅寺の静かな庭園を思わす八起苑で、制服姿の灯代は油断なく『天目一刀』を構える。
何年も共に修行してきた愛刀は、灯代にとってただの武器以上の思い入れがある、なくてはならないものだ。
そして、腰に下げたもう一振りの刀――紅蓮踏鞴(ぐれんだたら)と銘打たれ、灯代の家に代々受け継がれる刀は鞘ごと厳重に鉄鎖で巻かれ封印されていた。
振るおうにも鞘から抜けないこの刀は、過酷な試練に臨む灯代に家人が持たせたものだった。

「継承刀は持ち主を相応しいと認めた時、封印が解けて初めて真の力を現す。 戦いの中でお前の力になってくれる事を祈っているよ」

しかし、折角の気遣いで持たせてくれた継承刀も今のところはあてにできないようだった。
名前通り何度攻撃しても起き上がってくる不屈の鬼神を前に、灯代は苦戦を強いられていた。
お得意の炎の術で牽制するも、七天斎にとっては線香花火のようなものだ。
その巨体からは想像もつかない速さで灯代に迫り、豪腕を薙ぐ。

「ぅああ……!」

咄嗟に刀で受け止めたが、七天斎の怪力に耐え切れず天目一刀がとうとう折れた。
切っ先から半ばまでの刃を失い、半分の長さになった愛刀を手にしたまま、灯代は必死で地面を転がって逃れたが
蓄積した疲労と得物を失ったショックのせいか、決定的な打撃をついに許してしまった。
大型車と衝突した程の衝撃が襲い、灯代の小柄な体は吹き飛ばされ、九重楼の門に叩き付けられた。
全身の骨が砕けたかと思う痛みに息がつまり、手足から血の気が引いて気が遠くなる。
すぐ目の前に敵が迫っているというのに、意識を保っていられず灯代の瞼がゆっくりと落ちた。


次に目を開けた時、座り込む灯代を見下ろしている男と目が合った。
それは七天斎ではなく、蓬髪をみずら結いにして、右目に眼帯を着けた男だった。
折れた刀を握り締めたままの灯代に、奇妙な風体の名も知れぬ男は問い掛けた。

――もう戦わないのか? 剣が折れ力も尽き、今ここで負けを認めるのか?――

「違うッ! 私はまだ戦える! 絶対に勝ってサマナーになってみせる!」

灯代は即座にはねつけ、痛む体に鞭打って無理に立ち上がった。
この日のために修行してきたのだから、少し状況が不利になったぐらい何でもない。
剣が折れても、どれだけ傷ついても、戦う意志だけはまだ残っている。
しかし、今の灯代にはそれしかない。戦意はあっても戦うすべがない。あの鬼神を倒す手が。
灯代の返答に、眼帯の男は不敵な笑みを見せた。

――そうか、お前にまだ戦い続ける意志があるのなら――

眼帯の男が胸の前で両掌を合わせると、そこからすさまじい熱気が溢れ出て灯代の頬を撫でた。
溶鉱炉の中にでもいるような、目が眩むほどの赤々とした輝きが男の掌に集まり、何かを形作る。
それはちょうど、胸の中から一振りの剣が出現しているようだった。

――さあ、この剣を取れ。 勝利を手にするも力に溺れるも、全てはお前次第だ――

男の言葉に戸惑いながらも、灯代の手は吸い寄せられるように剣の柄を握っていた。
柄から掌にかすかな鼓動が伝わり、まるで心臓の鼓動にのせて血が体を巡るように、熱いものが体中に満ちてくる。
疲労と痛みで重くてたまらなかった体に、後から後から際限なく力が湧き出てくる。
剣を生み出した男の赤銅色の手が灯代の手に重なり、顔を上げると鮮やかな緋色の左目が灯代を見つめていた。
唇に一瞬だけ燃えるような熱さを感じ、気付いた時にはすでに離れていたその唇の囁きを灯代は確かに聞いた。

――我が剣を手にした者よ、鉄火の神の力は今よりお前と共にある。 俺の名は――


灯代が現実の世界で再び目を開けるまで、一秒にも満たなかった。
七天斎の鉄拳が唸りを上げて振り下ろされる瞬間、灯代は一気に懐に飛び込み、折れた天目一刀を相手の足の甲に突き刺した。

「ぬうっ!!」

思わぬ反撃で足の甲を地面に串刺しにされ、動きを封じられた七天斎に隙が生じた。
灯代の腰の継承刀を封じていた鉄鎖が高熱で溶けて千切れ、鞘から赤熱する刃が火の粉と共に抜き出される。

「いくよ!『紅蓮踏鞴』!」

抜刀する灯代の声に呼応するように、封印から目覚めた刀身が炎を纏う。
継承刀が力を解放した影響か、灯代の右目も同じ緋色に燃え上がっていた。

「小癪な! 食らうが良い、『七天爆』!」

七天斎が袈裟掛けにした数珠の七つの珠が浮かび上がり、一塊の灼熱の火球と化す。
巨大な隕石のような業火の直撃を受ければ、人間などひとたまりもない。
灯代はそれを避ける事はせず、代わりに継承刀を振りかぶった。
全身が燃え上がるほど熱いのに、感覚だけがどこまでも研ぎ澄まされ、今なら時の流れさえ追い越して動ける気がする。

「やあぁぁぁ!!」

振り抜いた剣圧が真空の刃となり、大火球ごと七天斎を斬り裂いた。
鬼神の巨体が地響きと共に倒れ、火の粉が蛍のように舞い散る中、張り詰めた緊張の糸が切れて一気に力が抜けた灯代はその場にへたり込んだ。

「今のは……本当に私がやったの? 信じられない……」

息を弾ませながら、灯代は鞘から抜かれた継承刀をまじまじと見つめる。
すでに刀身の炎は消えており、灯代自身の右目も元に戻っていた。
さっき七天斎を沈めた斬撃は自分の実力を遥かに超えるものだったが、火事場の馬鹿力にしてもあり得ないだろう。

「『紅蓮踏鞴』がお前を主と認め、剣士としての力を引き出したからだ」
「……あなたは!」

一瞬の幻の中で灯代に剣を与えた眼帯の男がいつの間にかすぐそばにいた。
驚きはしたが、彼が一体何者なのか灯代は既に理解していた。
この継承刀の銘は鍛冶を司る男神から名付けられたと父から聞かされた事を思い出し、灯代は幻の中で聞いたこの男の、いやこの神の御名を口にした。

「タタラ陣内様……!」
「人の子に名を呼ばれたのは百年ぶりだな。 長い事継承刀の中で眠っていたが、お前の戦いぶりに火がついちまった」
「あなたが力を貸して下さったから勝てたんですね……」

ありがとうございます、と灯代は立ち上がって頭を下げた。
突然、倒れていた七天斎が「どっこいしょ」と巨体を起き上がらせるのを見て灯代は身構えたが、その厳つい髭面は先程までの戦闘とはうって変わって穏やかなものだった。
いまだ足に刺さったままの天目一刀を引き抜き、やれやれと七天斎は胡坐をかく。

「フォフォフォ、お主が先代と同じ技を使ってくるとは思わなんだ」
「七天斎殿、こいつに新しい得物を与えたぐらいは大目に見てくれるだろう? 丸腰では戦いにならんからな」
「無論勝ちは勝ちじゃが、本当の試練は認められてからじゃ。 その刀のおかげでなく実力で勝ったと今後の戦いで示さねばならんぞ」
「ふむ……確かに試練の途中で手を貸した責任は取らんといかんな」

術で傷を癒す七天斎とタタラ陣内が話している横で、灯代は折れた天目一刀を拾い上げていた。
ずっと苦楽を共にしてきた愛着のあるこの刀を、折れてしまったとはいえそこらに捨て置くのは忍びなかった。
試練で体力を使い果たしたせいか手に力がまるで入らず、拾ってすぐ取り落としそうになった刀を赤銅色の手が力強く受け止めた。
タタラ陣内は隻眼で刀をじっと見つめながら、灯代に尋ねた。

「この折れた刀、どうする気だ」
「持って帰ります、大事なものですから」
「使い物にならない刀でもか」
「……はい、今日までずっと一緒だったから」

まっすぐにこちらを見据えて答える灯代の眼に何を見出したのか、タタラ陣内は口元だけで笑った。

「娘、お前の名は何と言う?」
「灯代……灯火(ともしび)の代わりと書きます」
「気に入った! このタタラ陣内、これより紅蓮踏鞴と共に灯代の仲魔となろう!」
「……ええ!? 仲魔!? あなたが!?」
「結果的に試練に力添えしたわけだからな、仕事は最後までやらねばいかんだろう。 それにお前がどんな剣士になるかそばで見てみたくなった」

七天斎は何も言わず、新米サマナーと刀の守護者のやりとりを微笑ましそうに見守っている。
自分にこの神を使いこなせるか、家人に何と説明しようか、とまだ戸惑いはあったが、灯代はおずおずと口にした。

「じゃあ、今後ともよろしくお願いします……タタラ陣内、さま」


折れた天目一刀がタタラ陣内の手で打ち直され、以後灯代が肌身離さず持つ短刀となったのはこの後の事だった。

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