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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

ONE NIGHT DREAM(R-18/BL)


個室の備品を補充し、スタッフの点呼を取り、時刻を確認すると、開店30分前だった。
客を迎える準備を整え、今日も問題なく通常営業だ、と若き番頭は眼鏡を指で直す。
最初は頼りなかったオーナーだが、この街で揉まれるうちに裏のルールや他の店との付き合い方を学び、近頃は経営者としての風格がついてきたように思える。
資金繰りに苦労した以前とは違い、今では売上も安定し、店を改装できるだけの余裕もある。あれこれ補佐して世話を焼いた甲斐があったというものだ、と番頭は感慨深く思い出していた。

「……ねえちょっと、いつものやつ、納品に来たよ」

聞き覚えのある声に振り返ると、裏口の扉が開いており、帽子を目深に被った人影が立っていた。傍らに酒瓶のケースが積まれている。
はいはいとペンを取り出し、酒屋が差し出す納品書にチェックを入れる。

「滋養強壮と、精力増強と、1ケースずつ。それと……」
「精神が高揚する酒な、オーナーもなんでこんなやばいの欲しがるかね……」
「成分は合法だし、用量用法を守れば大丈夫」
「お前なあ……」

しれっとした酒屋に呆れる番頭。酒の出処は実家とはいえ売る方も買う方も大概だ。混ぜ物だらけの薬物よりは遥かにマシだが。
サインをした納品書をしまい、空のケースを持ち上げて出ていこうとした酒屋が思い出したように呼び止めてきた。

「明日の朝ごはん、フレンチトーストがいい」
「パン切らしてたぞ」
「帰りに買ってきて、あとハーブたっぷりのオムレツ」
「卵と卵でメニュー被るだろ……どっちかにしとけ」

従業員から一目置かれ、オーナーにも遠慮のない意見を言う番頭だったが、食事作りに関しては同居人である酒屋の言いなりらしい。
残りの配達を済ませに酒屋が出て行った後、メールの着信音が鳴った。携帯端末の液晶を見てみると同業者からのメッセージだった。
『件名:DVD出演の件、考えてくれた?』だけ見て、返信どころか本文も読まず削除する。やれやれ、全くしつこい野郎だ。
さらに深くなる夜の帳の中、看板のネオンに引き寄せられるように訪れた最初の客に、カウンター越しに笑みを投げかける。

「いらっしゃいませ、ごゆっくりお楽しみ下さい」

今夜も、いつもと同じ夜が始まる。



成長途中ながら力強い腰の突き上げを心ゆくまで堪能し、上になった客の男は声を堪えもせず、刺青の背を反らして上り詰めた。一瞬遅れて相手の熱の迸りがゴム越しに伝わってくる。
互いの汗と体液にまみれた身体を名残惜しげに離し、男は普段のドスの利いた口調とはかけ離れた猫撫で声で少年に囁いた。

「ふふ、灯代君の、中でめっちゃ暴れてたで、若いなぁ」
「だって、あんなに焦らされたら……」

まだあどけない顔の赤毛の少年男娼は、あけすけな言葉に照れ臭そうな笑みを見せる。
服役中の幹部に代わり禁制品の密造・密売を仕切る辣腕の若頭が、まさかこの子に抱かれているとは舎弟は夢にも思わないだろう。
入って三日目の灯代に「僕を買ってみませんか」と売り込まれたのをきっかけに、20ほども離れたこの少年にすっかり入れ上げている始末だ。
若頭は獲物を平らげた豹のように満足げに笑い、横になったまま煙草を咥える。

「商売柄、気ィ許せる奴おらんからほんま灯代君が癒しやでぇ……」

その紫煙の匂いにふと別の男の顔が思い浮かぶ。深夜のダイナーでコーヒーを啜っていた、作業着に眼帯の男。灰皿に山盛りになっていた吸殻が同じ銘柄だった。
彼には何の得もないのに、あわや補導されかけた灯代を、自分の甥だと誤魔化して助けてくれた恩人だった。あの時肩に置かれた節くれ立って大きな手は、何かを作る人間の手だった。
今は漠然とした夢に過ぎないが、灯代もいずれはあんな大人になりたいと思う。そのためにはここで頑張って、街を出て何かを始めるためのお金を貯めて……

「まだいけるやろ? もっとおじさんの事愉しませてや」
「じゃあ、今度は後ろからしていいですか? おじさんの刺青見ながら抱きたいです」
「やらしいなぁ、灯代君は」

「若頭」ではなく「おじさん」と灯代に呼ばれるのを好む男は、満更でもない顔で背中を向けた。肩から腕、背中一面に彫られた鮮やかな八重の菊、大輪の牡丹、雲を纏う昇竜。
いつ見ても綺麗だな、と顔を寄せると花の香りとは別物の、全く甘さのない男物の香水。あの人は煙草に混じって機械油の匂いもしてた、と灯代はまた余所事を思い出す。
逞しい腰を細い腕で抱えられ、背中に熱い吐息がかかる。(今晩は寝られんかも知れんな)と期待を弾ませる若頭だった。



その頃、別の個室でも、男娼が細身の青年を抱いている最中だった。
繋がったまま相手を抱え上げる、体格と腕力が必要な体位を難なくこなす男の筋骨逞しい背中や肩には、荒事でついたと見られる傷痕がいくつも走っており、強面の容貌に更に凄みを加えていた。
その大きな肩に回されたしなやかな腕が、傷痕を上書きするように爪を立てる。
直立したままの男に縋り付き、腕の力だけで揺さぶられながら、胡弓の響きのように艶めかしい声を上げ続ける美貌の青年は、息も絶え絶えに懇願した。

「刃曜さんっ、出す時、僕の名前……あすかって……呼んで……?」

情事の最中に名前を呼ばれるのは好きではない。今のように、抱き合いながら名前を呼ばれたいと刃曜に要求する客もいるが「お客様に情が移って本気になってしまっては困るので」と、その要望に応えた事は一度もなかった。
相手の名前を囁く代わりに、突き上げる勢いを一層強くすると、嬌声が返ってきた。

「あっ、あぁ、だめっ……!」
「っぐぅっ……!」

最奥を抉られて後ろだけで気をやったのか、強くしがみついてくる青年の締め付けに煽られ、刃曜も限界を迎える。
乱れる息を整え、細い身体をベッドに下ろすと手早くゴムを外して後始末をする。
ベッドに横たわったあすかと言う青年は、玉の汗も拭わないまま潤んだ瞳を刃曜に向けていた。

「はぁ…… いつもながら刃曜さんは凄いねぇ、壊されちゃうかと思ったよ」
「……どうも」

彼はここらの界隈では名の知れた高級ホストクラブ、そこで指名トップのNo.1だという。
店に行ったわけではないが、優美・繊細・端麗……と形容詞をいくらでも並べ立てられそうな顔だけ見ても、彼の人気の程はうかがえた。
それにしても、決して楽ではない仕事の後に、わざわざ金を払ってまで更に疲れる事をしにくるこの男の気が知れない。華奢な見かけに反して相当タフな奴だと刃曜は実感している。
事後の一服をしようと煙草を取り出した刃曜に、あすかが慣れた手つきでライターの火を差し出す。
互いに馴染みであるため、いちいちことわったり頼んだりはせず、二人とも当たり前のような動作である。

「従妹の子の具合、どう?」
「……来月には退院できるそうだ」
「良かったじゃない」
「今までも入退院を繰り返してたからな……薬が合えばいいんだが」

出来る限り客との関係は身体だけに留めていた刃曜だったが、職業柄、話術が巧みなあすかにあれこれと聞き出されてしまい、いつの間にかこうして事後に近況を話し合う間柄になってしまった。
自分の事を話せる客はあんただけだと言えば、間違いなく有頂天にさせてしまうから決して言わないが。
煙草の火を消した刃曜の顔を覗き込み、あすかが悪戯っぽく訊いてきた。

「刃曜サン、二人で洗いっこしない?」
「悪いないま貧血気味なんだ、浴室で倒れたらいけないから一人で入ってきてくれ」
「そんな……今夜はどうしても僕とアフター希望っていうマダムがいたけど、刃曜サンに会いたくてせっかくの誘いを断ってきたんだよ?」

もっと粘れよ……!
顔も知らないマダムに内心恨み言を吐きつつ、あすかの細腕で浴室に引っ張られていく刃曜だった。



一仕事終えた豪人は大きく伸びをした。2m近い図体のせいで、振り上げた手が天井に当たりそうになる。
さっきまで彼を独占していた客はひときわ執拗で、精も根も吸い尽くされそうな気分だった。
学生にでも間違われそうな小柄で童顔、地味な茶の背広を着た姿からは、やり手の社長という肩書は結びつかないだろう。まして法外な金利と過酷な取り立てで知られる金融会社とは。
同情心から他人の借金の保証人になった豪人がそれを忘れかけた頃、借入主が逐電したと証文を手に現れたのがあの男。
複利で膨れ上がった借金を肩代わりしなければならない彼に、今の職場を勧めたのも同じ男だった。
最初は自分のようなごつい男を買いたい物好きな客がいるわけがないと思っていたが、豪人が思っていたより世間は広かったようだ。
豪人の無骨な容貌と逞しい体格は結構な人気を呼び、今では先輩の刃曜に迫るほどだ。
この調子で借金を返せればいいんだが……と情事の熱がいまだ篭った個室から抜け出し、少し外の空気を吸おうと裏口の扉を開けた所、何やら言い争う声が聞こえてきた。

「だから、証拠を出せって言ってんだろ?」
「証拠なんざなくたって、あんな馬鹿ヅキ有り得ねえ! イカサマじゃなけりゃ10連勝もできるわけねえだろが!」
「ふん、イカサマってのはあんたらが素人をカモにしてた『通し』の事かい?」
「な……何を」
「あんな子供騙し、客に逆用されればそれまでさ。授業料だと思って勉強し直すんだね」

薄暗い路地裏に「てめえ!」「ふざけるな!」と怒号が響く。
街灯の弱々しい明かりに照らされ、黒服の男に囲まれている青年の姿が見えた。波打った黒髪と、それとは対照的な白い肌。今にも袋叩きにされそうな窮地だというのに、不敵な笑みに唇を歪めている。
近隣のカジノで、あの青年がイカサマをやったやらないで揉め事を起こした――さっきまでの会話で豪人にも経緯は分かったが、目の前の状況をどうするべきか。
放っておくのも寝覚めが悪いが、下手に関わると面倒な事になりかねない。
助けてほしいと泣きつかれ、借金の保証人欄にサインをした時の事がちらり、と頭をよぎったが、黒服の一人が青年の襟首を掴むのを目にした瞬間、それは打ち消された。

「おい、お前ら! 大勢で一人を囲んで何やってんだ!!」

突如現れたモヒカン頭の巨漢に、黒服の視線が一斉に集まる。
イカサマ容疑の黒髪の青年の「やっぱり今夜はツイてる」という呟きは、豪人の耳には届かなかった。



狭い室内に、粘ついた水音と震える吐息がずっと響いている。
背広を着たままの赤毛の客に、長い黒髪の男娼が口で奉仕していた。サービスが短すぎると苦情を受けないぎりぎりの時間で、男娼は舌と唇の動きを早め、吐き出させてやろうと先端をきつく吸い上げた。

「ぁは……センパイ……もうちょっと、してて……あ、もう……!」

革手袋に覆われた客の両手が黒髪を押さえつけ、低い呻き声と共に背筋を震わせた。肉棒に塞がれたままの男娼の喉の奥から苦しげな声が漏れる。
その顔は長い前髪で隠れていたが、口内に広がる味に眉をしかめているだろう事は伺えた。
足元に跪いたまま口を拭う男娼を恍惚とした顔で見下ろし、赤毛の客は「気持ちよかったー」と感想を述べる。黒髪の男娼はやおら立ち上がり、相手の顎を掴むようにして濡れた唇を押し付けた。

「ん”んっ!?」

普段ならでれでれした顔で舌を絡める赤毛の客だが、自分の精を口移しに流し込まれるのは流石に御免こうむりたいようで、唇を離すや否や枕元のティッシュを口元にあてがった。

「うぇぇ……もうセンパイ、なんでこんな意地悪するのー……」
「いつも濃いのをご馳走になってるから返杯しようと思ってなァ」

皮肉な口調で嘲笑う様からは、金で買う者と買われる者の間柄とは思えない。
黒髪の男娼――元取り立て人がオーナーの策略に嵌められ、今の立場に落とされてからは、後釜におさまった赤毛の青年がこうして三日とあけず彼を時間いっぱい買いに来ている。
今の商売は初めてではないが、自分を嵌めた張本人に「ようこそ、新人さん」と白々しい台詞を抜かされた時は、手近な花瓶で殴りかかろうかと思ったものだが、この後輩も大概だ。
相手をしているだけで元取り立て人の忍耐力は否応なく鍛えられたが、義父と同じ白衣姿で笑顔で会いに来た時は本当に殴ってしまった。それでも性懲りもなくこの男は来る。

「ねーセンパイ、今日はお酒飲む? それともお腹空いてるなら……」

内線の受話器を取った赤毛の客を押しとどめ、胸を突いてベッドに押し倒し、体の上に跨った。
折れそうに細い体をはねのけるのは簡単にできるだろうが、赤毛の青年は好きにさせている。

「今日のセンパイ、なんか積極的~?」
「早いところ済ませたいんだよ」

期待の篭った眼差しから鬱陶しそうに顔を逸らし、相手の服のボタンを外していく。
事が済んでから貴重な休息時間までの間、半ば義務でこの後輩のピロートークに付き合うのも、毎度の事なのだった。



男女の調教師は何度目かの情事を終えた後、乾いた喉を潤しながら気怠い時間を過ごしていた。
昨夜来た新人についての話題が出たのは、グラスを満たすシャーリーテンプルが半分に減った頃だった。
新人が一度に二人も来た上、どちらもなかなかの美形、しかも即戦力になる経験者とはそうそう無い幸運だ。
髪の長い方はタチネコ両方いけるそうだ、髪の短い方は嗜虐的なタイプの客が好みそう、などと話し合いつつ、男の調教師――密はふと実家に残してきた妹の事を思い出していた。
春を売る仕事が嫌なのではない、娼婦になるなら自分の意志でなりたいと家を出ようとして、その度に二人揃ってひどく折檻された事も。
監禁されているわけではないので、時々は会いに来れるが、その時妹の口から出た言葉が気になっていた。
実家の娼館が、近々この近所に男娼専門の支店を出すかもしれない――という情報だった。

(オーナーの耳に入れておいた方がいいかもしれないな)

グラスを傾ける密に、何を考えているんですか? と女調教師の凪沙が声をかける。
切り揃えた真っ直ぐな髪、肩書に似つかわしくない少女のような容貌だが、大きな瞳の奥は常に冷めている。

「いや……人が増えたなら新規のお客を掴むチャンスだと思ってさ、もっとプレイの幅とか広げて……」
「宣伝するなら番頭さんとも相談しないとですね」

適当に話題を変えたが、どちらも仕事熱心なだけあり、話し合ううちに計画は具体的な形を持っていく。
例えば灯代は今でこそタチ専門で売っているが、可愛い男の子をネコとして買いたいという客もいる。客層を増やして売上を伸ばすため、そろそろあの子をネコ調教しても良い頃ではないかと密は提案した。
意外にも凪沙は「まだ時期尚早ではないかと」と少し渋い顔をする。

「どうして」
「あの子は客に深入りし過ぎる傾向があります、技術云々よりも基本の心構えから学ばせる方が優先です」
「まあ確かに……面倒な客は上手くあしらっておけっていつも言ってるけどね……」

客の中には入れ上げさせたら厄介なタイプもいる上に、一度寝ただけの相手にいちいち肩入れしていては身がもたない。
まして、男娼の方が客に本気で惚れてしまう事態になれば目も当てられない。
人に言い聞かされるより、一度壁にぶつからないと分からない事もありますが、と言う凪沙の苦々しい口調に、それが彼女の過去から出た言葉なのかと密は思ったが、追求はしなかった。

「ふぁ……」

噛み殺せなかった欠伸が凪沙の唇から漏れる。アルコールが回ったはずはないが、もう夜明けが近いから睡魔に襲われるのも無理もない。密も重くなりつつある瞼を擦る。

「明日に差し支えるので、もう失礼します。ご馳走様でした」
「ここで寝ていく?」
「結構です」

密の軽口を一蹴した凪沙は、名残を惜しむ素振りもなく部屋の扉を閉めて出ていった。
一度だけ溜息をつき、二人分の熱が既に消え失せたベッドに潜り込む密の髪を、カーテンから漏れる曙光が照らしていた。

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