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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺の屍を越えてゆけ

月と無邪気な夜の女王


冷えて乾いた空気。
室内に何十も点された蝋燭の灯りは、かえって周囲の闇の深さを際立たせている。
石造りの壁に大小二つの影が写って揺らめいていた。
向かい合って座っているのは、この領域の主である月蝕と闇を司る神・月喰い夜刀介と、かの神に交神を申し込んだ人間の娘だった。

人間はおろか、神々の前にも滅多に姿を見せない月喰い夜刀介の容貌を知るものは少ない。
月蝕が不吉の前触れという言い伝えもあるが、それを司るこの神の姿もやはり不気味なものだった。
酷薄さと嗜虐性を秘めた金色の瞳は、目の前の娘を品定めするように見下ろしている。
側頭部から突き出た、欠けた月を思わせる長大な角。
幾重にも纏った暗色の錦衣は、豪華さよりも不気味な威圧感を感じさせる。

「こんなに灯りがついているのに、ずいぶんと暗いですね」
「クク、恐れるより闇を楽しめ」

夜刀介は哂ったが、娘の声は落ち着いており、暗いのが恐ろしいと訴えたわけではないと知れた。
生き餌を前にした毒蛇のように舌なめずりする所作に、並の人間ならば背筋が凍る所だが、夜刀介と対面している少女といってもいいほどあどけない娘は怯える様子さえなかった。
頭の両側で二つに結った金の髪が幼い印象をより強めている。
灯りを受けて星のように輝く瞳は紅く、玉兎(ぎょくと)という彼女の名にいかにも相応しかった。

この娘が自らの意志で来たのか、一族のために役目を押し付けられたのかは知らないが、彼女の意思や経緯は夜刀介にとってどうでもいい事だった。
交神の儀の申し出が来るまで、何者かと子を成すなど孤高を好む自分には縁のない事だと思っていた。
かつて人間どもから差し出された生贄の乙女達と同じように、壊れるまで弄び、飽きれば打ち捨てればいいというものではないが、相手が孕むかどうかの違いで肉の交わりに変わりはないと思い、夜刀介は務めを始めようとした。

「あっ、夜刀介様、交神の前に一つ聞きたい事が」
「何だ、申してみよ」
「その頭の角は本物?」

いかにも男女の事など無知そうな娘なだけに、子を作るには具体的に何をするのかとでも訊かれるかと思っていたが、予想外の質問に夜刀介は内心面食らった。

「……何故そのような事を聞く」
「さっきからずっと気になっていて……今まで倒してきた鬼にもそんな大きな角が生えているのは見たことがなくて」
「本物だ」
「やっぱり! 少しだけ、触ってみてもいいかな」
「……好きにせよ」

ずっと夜刀介を凝視していたのは、異形の姿に慄いていたのではなく、珍しい角が気になって仕方なかったからだと分かった。
元服しているとはいえ、夜刀介の印象以上に子供っぽく好奇心の強い性格らしい。
鬼を素手で倒すとは思えない小さい手が角に触れ、固く滑らかな手触りを確かめる。

「こんなに大きくて、寝る時邪魔じゃない?」

素朴な疑問を夜刀介は無視した。
玉兎はしばらく角を撫で回し、確かに本物だと納得した様子で手を離した。

「気が済んだか、では閨に来い、忘れられなくしてや」

毒が滴るような囁きは、ぐうぅぅぅ~、と室内に響いた奇妙な音にかき消された。
緊張感を殺ぐ間の抜けた音は、玉兎の腹の虫だった。

「ごめんなさい、禊ぎのため朝から何も食べなかったので……」

さすがに照れ臭そうな表情の玉兎だったが、人である以上空腹は如何ともしがたい。
呆れるのを通り越した顔の夜刀介が手を叩いて呼ぶと、芝居の黒子のように黒い長衣を着込み、顔を黒い布で隠した従者が室内の暗がりからぬっと現れた。
その指先までもが人の肌の黒さとは明らかに異質な、闇を固めたような黒であり、彼らが人ではない事を示していた。
黒ずくめの従者に夜刀介は食事を持ってくるよう申し付け、石造りの部屋から出ていこうとした。

「あ、どちらへ」
「今日はもう気が萎えた、勝手に食うがいい」

夜刀介と入れ替わりに、あらかじめ室外に用意していたような早さで、影の従者たちが食事の膳を運んできた。
返事は返ってこないと思ったが、黙々と給仕する影たちに玉兎は一応礼を言ってから箸をつけた。

「いただきます」

生まれてこの方ずっと家族と食事を共にしてきた玉兎には、一人で食事を摂るのは初めてだった。
食べたこともない御馳走ばかりだったが、家族の皆もイツ花もおらず、一人きりの食事がこんなにも寂しいと玉兎は始めて知った。
人の分までねだるぐらい大好物の魚の目玉も、とろけるほど美味しいはずなのに何だか味気なく感じられる。

(……夜刀介様は、いつも一人でご飯を食べるのかなあ……)

『交神の儀』のために今日この神域を訪れた玉兎は、想像と実際に見たものとのあまりの違いに驚いたものだった。
岩と砂ばかりの荒涼とした景色の中にそびえる、半ば朽ちたこの石造りの神殿が夜刀介の住処だった。
永遠に明けないという夜空には、月どころか星の一粒も見えない暗闇が広がるばかりだった。

(こんな寂しいところで、ずっと長いこと暮らしているのかな……)

少なくともお日様を見られるだけ、流刑された罪人の方がましなのではないだろうか、と玉兎は思った。
神が住んでいる所といえば、いつでも陽光が降り注いで花が咲き乱れているような楽園を誰しも想像するだろうが、この闇の神域を統べる月蝕の神には、そんな極楽浄土の風景よりも荒涼とした砂漠が似合っていた。

交神の義務がある相手だというのに、夜刀介は話しているとどうにも調子が狂うこの娘を扱いかねており、従者の影どもに世話を任せていたが、次の日も、その次の日も玉兎は夜刀介のそばにやって来ては勝手な事をしゃべっているのだった。

「月って、美味しい?」

従者が持って来た饅頭を頬張りながら玉兎は聞いてきた。
とりあえず物を食わせておけばその間は大人しいので、夜刀介もいちいち咎めはしない。

「……いきなり何だ」
「月喰い夜刀介様ってお名前だから、月を食べた事があるんでしょう? どんな味だった?」

実際に月を喰ったわけではなく、月が影で覆われる現象を指した名だと夜刀介は説明したが、玉兎は今一つ納得が行かない様子だった。
手にした饅頭を月に見立てているのか、一口かじって三日月型にして夜空に掲げたりしている。

「でも、ここはずっと夜なのに月が見えないよ? 夜刀介様が全部食べたからなくなっちゃったんでしょう?」

全くとんちんかんな事ばかり言う小娘だ、と夜刀介は溜息をついた。
ふと見ると、盆に山盛りになっていた饅頭がもう二個しか残っていない。
こんな小さな身体のどこに入ったのか、生き餌を丸飲みにする蛇も顔負けの貪欲さだと夜刀介は呆れた。

「お前ほどの大食らいなら本当に月を丸ごと平らげかねんな」

ほんの戯れ言のつもりだったが、玉兎はぱっと笑顔を見せ、「うん、食べてみたい!」と答えた。

「でも、できたら夜刀介様といっしょに食べたいな、おいしいものでも一人で食べるのってつまらないから」
「…………」
「最後のお饅頭だけど、どうぞ」

物を食わなくても飢えない神の身だが、夜刀介は差し出された饅頭を黙って受け取った。

来る日も来る日も、玉兎は聞かれたわけでもないのに、家族の事やイツ花の事、討伐に出掛けた迷宮の事や手強かった鬼の事、初めて見た花の美しさや雪の冷たさなど、いろいろな事を夜刀介に話した。
夜刀介はそれに相槌を打つわけでもなく、聞くともなしに聞いているだけだったが、それでも玉兎は一年にも満たない半生の出来事全てを吐き出すように話し続けた。
その話の中で、玉兎の母は兎の姿をした女神・稲葉ノ美々卯だと聞かされ、白い肌に赤い眼、軽快に跳ね回る動作も無邪気な性格もなるほど母神譲りの特徴だと合点がいった。
月に住む兎の名をつけられた娘が、暗闇に住み月を喰らう蛇神と交わるとは、妙な因果だと思った。
石造りの階(きざはし)に立ち、闇一色の空間を見上げながら、夜刀介は無意識に玉兎の姿を探している自分に気付いた。

「はっ! とぅっ!」

玉兎の掛け声と共に、二つに結った髪束が揺れ、動きに合わせて跳ねる。
素早い足捌きなどできそうもない裾の長衣なのに、夜刀介は一切の無駄もない最小限の動きで玉兎の猛攻をいなしている。
焦れた玉兎は、地を蹴った勢いで一気に相手の懐に飛び込み、一撃を食らわせようと腕を振りかぶる。
空を裂く手刀が夜刀介の眉間を打つより早く、冷たい感触が頸にひたりと吸い付く。
蛇の顎が獲物に毒牙を食い込ませる形で、夜刀介の五指が玉兎の喉笛を捉えていた。
玉兎の紅い眼と、夜刀介の金の瞳が互いを見据え、視線が交錯する。
クク、と夜刀介の喉から笑いが漏れ、玉兎の頸から指を離した。

「三十八手で詰みだ」
「あー、悔しいっ!」

余裕にも攻め手を一々数えていたのか、息も切らしていない夜刀介に玉兎は口惜しがる。
体がなまって仕方ないから、と組み手の相手をせがまれたのは、玉兎が訪れて何日目だったろうか。
何も無い神域に二人きりとはいえ、気付けばこの娘が傍にいて共に過ごす事が当たり前のように馴染んでいた。
相変わらず月は照らず日は昇らず、あらゆる生物が死に絶えたような地は闇に包まれたままだったが、玉兎の来訪は永遠に繰り返される同じ夜に、ほんのわずかな変化をもたらした。
それはこの神域の主である夜刀介自身の変化でもあった。
喰われて欠けた月がまた満ちていくように、淀み、停滞していた時が動き出していくようだった。

組み手を終え、神殿に戻った夜刀介は影たちに命じて玉兎に湯を使わせ、いつものように食事を用意させた。
同席する夜刀介は少量の酒しか口にしないが、玉兎が美味そうに食べているのを見ているだけで満たされるようだった。

「ここで頂くご飯も美味しいけど、そろそろイツ花のお味噌汁が恋しくなってきたなー……同じ具とお味噌でも毎日味が違って面白いの」

時間の感覚に疎くなっていた夜刀介は、玉兎の何気ない言葉に、彼女が来てからもう大分時が経っている事に気付いた。
一月が経ち、交神の儀が終わればこの娘は下界に戻る。
人間がいつまでも神域に留まれるわけではない。

「……すべき事を済ませれば、お前はここから出ていくのだな」
「夜刀介様は、私が帰ったら寂しい?」
「クク、戯けたことを言う」

鮑の吸い物を空にし、一息ついた玉兎に夜刀介は声をかけた。

「夕餉が済んだら私の寝所に来い、今度は腹の虫も鳴らんだろう」

幾重にも御簾で覆い隠された寝所には、大小無数の蝋燭が灯されていた。
夜刀介は暗闇の中でも相手の表情まで手に取るように分かるので、これは玉兎のための灯りだった。
影に案内されて寝所に通された玉兎は、かつて夜刀介と初めて対面した隣室とは違い、その蝋燭の灯りに暖かい印象を受けた。
今の玉兎は異国の姫君が着るような裳裾がひらひらした夜着姿で、帯にも美しい刺繍が入っている。
それが交神のため特別に用意されたものと察したかどうか、一応身に着けてはいるが長い裳裾のせいで動きにくそうな足取りだった。

「来たか、玉兎」
「よろしくお願いします」

玉兎は御前試合の始めのように真剣な顔で一礼し、夜刀介が待つ寝台へ歩んできた。
入浴や着替えと同じように、これから肌を合わせる相手に見られている恥じらいもなく、潔く夜着を脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿で寝台にころんと横になる。

「これでよかった? どう始めるかよく知らなくて……」

自分から裸になっておいて、妙な空気を取り繕うようにおずおずと聞いてくる玉兎。
媚態も色気もあったものではない寝姿が、夜刀介は可笑しくてならなかった。

「私に帯を解かせなかった女はお前ぐらいなものだ」

皮肉とも悪意とも違う笑みを浮かべたまま、夜刀介も寝台に上がる。
暗色の衣が覆い被さり、玉兎の白い肌を隠した。
せめてこちらを解いてやろうと、黄金色の髪を結う紐に指をかける。
下ろした髪が夜具の上に広がり、いつもの玉兎よりほんの少しだけ大人びて見えた。
満月の光のように輝く髪の一房を弄んでいた夜刀介の指が、玉兎の唇へ伸びた。
いつでも食べたり話したりと忙しい唇だが、改めて見ると饅頭を二口で平らげる唇は意外にも小さかった。

「夜刀介様、……!!」

何か言おうとした唇に自分のそれを重ねると、玉兎は驚いたように身じろぎした。
なにせ生まれて初めての接吻で、慣れていないと白状するように夜刀介の衣をぎゅっと掴む。
唇を甘噛みされ、内の粘膜をくまなく舐められ、自分の舌を相手の長い舌に絡め取られる。
息苦しいほど濃厚な接吻に、まるで食べられているみたいだと思った。
ようやく唇を解放され、玉兎は深く息をつきながら夜刀介を見上げた。

「はーっ……息が止まるかと思った……」
「クク、お前の大食らいとお喋りを封じるいい手を見つけた」

たっぷり貪られた唇から出る台詞は色香とは程遠かったが、玉兎の内側ではゆるやかな変化が始まっていた。
指先まで温かなもので満たされるような感覚が何か、玉兎はまだ知らなかったが、それが夜刀介によってもたらされた事ははっきり分かった。

いかにもおぼこ娘といった玉兎だが、交神の儀で何をするかについて全く無知という訳ではない。
好奇心から従兄の交神の最中をこっそり覗き見た事があり、鱗がきらめく背中に口付けを受ける五月川山女の『あなたになら、食べられてもいいよ』という睦言は、今も鮮明に思い出せる。
ああいう事を言ったら相手は喜ぶものなのかな、と思ったが、あの女神は冗談ではなく本気で口にしたのだと玉兎はいま初めて知った。

(本当に、食べられてもいいって思うんだ……)

触れられても最初はくすぐったいばかりだったが、巧みな指と舌に官能を育てられ、やがて玉兎の肌は茹だったような桜色に染まり、熱い息を弾ませていた。
ようやく膨らんできたといった感じの微乳は、濡れた刷毛で撫でられるような舌戯に淡桃色の先端がつんと張り詰め、軽く摘まれただけでも声を上げてしまいそうだった。
淡い産毛しか生えていない、柔らかな恥丘の真下の割れ目にはさらに濃密な愛撫が施された。
蜜に濡れた指先があるのかないのか分からないほど小さな器官を捉え、ゆっくりとその形を確かめるように愛でる。

「あっ……! そこ、だめっ」

訴える玉兎の赤い眼に涙が溢れているが、それは無論苦痛のせいではなかった。
自分で意識した事もない蕾を暴かれ、悦い処を知り尽くしているような指に責められてはとても平静でいられない。

「んっ……んんっ! はぁっ、あ……だめ、だめぇっ」

割れ目を繰り返しなぞり、蜜の糸を引く指をわざと離すと、無意識に玉兎の腰が跳ね、すべすべの恥丘が堪らないようにせり上がる。
淫蕩な蛇を思わす動きで指が再び襞の間に潜り込むと、歓迎するように蜜が溢れ出てきた。
果てそうになると指を止められ、疼きが収まりそうになるとまた追い上げられる。
意地悪く生殺しにされながら悶える玉兎の愛らしい表情を見下ろし、夜刀介はこの娘に今日まで振り回されてきた溜飲を下げた。

「もう、おかしくなっちゃう……お願いだからぁ……!」

どんな死闘でも経験がないほど追い詰められ、玉兎はほとんど涙声になって哀願した。
狂う寸前まで焦らしてやりたいとも思ったが、このあたりで情けをくれてやろうと夜刀介はやや手荒く指を使った。
相手の肩にしがみつき、腰を悶えさせながら玉兎は声にならない声を上げて陥落した。

「はぁ……はぁ……」

童女のような容貌ながら、夜刀介の手で生まれて初めて気をやった玉兎の表情はそれまでになかった色香を含み、玉の汗が浮かぶ肌からは発情した女の匂いを立ち上らせていた。
生娘に十分な下拵えを施した夜刀介は、目の前に横たわる生き餌を一刻も早く味わいたいと舌なめずりする。
これで終わりではないとぼんやり理解していた玉兎は、まん丸い膝頭に夜刀介の手をかけられ、声を上げた。

「待ってっ!」
「今更怖じ気付いたか」
「違うの、あの、お着物のままでなくて……夜刀介様を、全部見ておきたいんです」

着衣のままでも出来ない事はないが、真の姿を晒し合うも一興、と夜刀介は襟飾りに手をかけた。
衣擦れの音と共に重たげな長衣が石床に落ちていき、蛇の頭を模した冠も取り払われる。
筋骨隆々といった感じではないが、手足が長くしっかりとした骨格で、立派な衣装に見劣りしない堂々たる体格だった。
しかし何よりも異質なのは、夜刀介の首から下の肌を覆う、蛇の鱗の斑模様そのものの、刺青とも烙印ともつかない紋様だった。
玉兎はおぞましさに目をそらす事はせず、むしろ夜刀介が自分だけに秘密を見せてくれたようで嬉しく思い、いつぞや角に興味を示した時と同じ表情で、触れてもいいかと手を伸ばした。
拒まず好きにさせる夜刀介は、たとえ生まれてくる子に角や鱗が生えていても、玉兎は笑ってこんな手つきで頭を撫でてやるのだろうと思った。
そして玉兎の好奇心に輝く赤い瞳が、それよりも下にある器官へと吸い寄せられるのは自然な成り行きだった。

「わぁ……」

初めて目にしたそれを玉兎の知っているもので例えるなら、頭をもたげて威嚇する蛇によく似ていた。
そこも斑の紋様が覆っているのだから、なおさら蛇そのものに見えるが、男は皆こんなふうだと言われれば玉兎は信じてしまっただろう。

「そうだ、さっき夜刀介様がされていたような事、私からもお返ししていい? ここに……」

蛇の頭にあたる部分を温かい手のひらでくるみ、ちゃんと出来るか分からないけど、と心配そうに言う玉兎の提案を夜刀介は退けた。

「食いちぎられるのは願い下げだ、お前は加減を知らん」
「そ、そんなに食い意地張ってないよッ! それに、赤ちゃんを授かる大事なものって分かってるから!」

耳朶を真っ赤に染め、夜刀介に気をやらされた時よりも恥ずかしそうにしている玉兎を見て、後でこれに口の使い方を教えてやるのも面白いかも知れんと夜刀介はほくそ笑んだ。
今はそれよりも先に果たすべき務めがある。
玉兎を仰向けにして、できるだけ負担が少ない格好にさせた。

「んっ」

小さな扉を探り当て、くちゅ、と生々しい音を立てて先端が襞の間に浅く潜ったが、ここより奥の肉路はより狭い。
玉兎の柔肉を喰らい尽くそうとするように、体温のない硬さが押し入ってきた。

「うっ、う……!」

蛇に容赦なく引き裂かれる痛みに、玉兎は眉を寄せて押し殺した声を上げた。
骨が砕けるほどの力でしがみついてくる指が背中に食い込んでも、夜刀介は振り払わなかった。

「あ、あ……まだ、入ってくるっ……やあぁ……」

痛々しい涙混じりの声は、かつて毒牙にかけてきた乙女達と同じく夜刀介の嗜虐心を刺激する一方で、別の情動を目覚めさせていた。
たった二年も生きられない、そして交神の儀が終われば二度と会えないだろう玉兎が、今のこの一時だけでも、自分だけのものになった。
歪んでいるとしても、満たされた気持ちだった。

「……どうだ、玉兎」

奥の奥まで押し拡げられ、さすがの玉兎も堪えたのか、涙が滲む眼をつぶったまま荒い息をついている。
繋がった所から、初花が散った名残が滴っていた。
血の匂いや初々しい締め付け以上に、夜刀介を昂ぶらせたのは見上げてきた玉兎の眼差しだった。
炎よりも鮮やかで血の色よりも深い紅の宝石に見つめられ、夜刀介の熱を持たない肌の内側、それよりも深いところに情欲の炎がともる。

「大丈夫だから、このまま最後までして……夜刀介様の好きなように……」

そうは言っても、わずかに身動きするたび裂けるような痛みが走り、玉兎の体はまだ快さを感じられるほどではない。
呻き声を出すまいと一生懸命だったが、肌を合わせている夜刀介には無理をしているのが分かった。

「辛ければ泣こうが喚こうが構わん、堪えずとも良い」
「っ……でも……」

気を悪くしたのではないかと身を固くする玉兎だったが、夜刀介は意外な行動に出た。
自らの手を口元へやり、指先を浅く噛みちぎった。
傷からじわりとにじみ出た血は、闇を一滴に濃縮したような漆黒で、玉兎は目を見開いた。
その黒い雫が、玉兎の下腹部にぽたりと滴る。
ちょうど真っ白い紙に墨を落としたような眺めだったが、墨は生き物のように蠢き、ひとりでに黒い蛇を描き出した。
黒い蛇はのたうちながら何匹にも分かれて白い紙、いや玉兎の肌の表面を這いずり回った。

「これ、何……!? ひああっ!」

あまりに奇怪な現象に、玉兎は幻を見ているような気分だったが、何匹もの蛇にまとわりつかれる感触はまぎれもなく現実だった。
膨らみかけの胸をくびり出すように締め付け、乳を欲しがる赤子のように乳頭に吸い付く蛇。
なめらかな脇腹をくすぐり、臍の内側を執拗に舐める蛇。
背骨に沿ってゆっくりと這い、二つに分かれた舌を汗ばむうなじへと伸ばす蛇。

「あぁ……あ……」

玉兎の全身に絡み付く黒い蛇には実体はなく、平面に映る影に過ぎないが、この世のものならぬ愛撫に玉兎はたちまち蕩け出した。
蝋燭の灯りに照らされて絶えず形を変え、白い肌をすみずみまで苛む蛇は淫靡な意匠の刺青のようだった。
蛇たちの働きの甲斐あって、玉兎の奥底が催促するように蠢き出したのを感じた夜刀介は、できるだけ深くへと沈める。
もう玉兎の表情に苦痛の色はなく、奥を突かれて呻く代わりに愛らしい童顔には不釣り合いなほど悩ましい声を漏らした。

「夜刀介さまっ……」

自らを喰らう神の名を呼び、玉兎の方から夢中で口付けてきた。
唇から伝わる熱い吐息をじかに感じ、どんな美酒や生贄の鮮血にも勝るその甘美さに、息が止まるほど貪り尽くしてやろうと夜刀介は唇の隙間に舌を忍ばせた。
覚えたばかりのやり方で玉兎も舌を絡ませ、喰らい合うような激しい口付けを交わしながら、深く長い抽挿にただ溺れる。
玉兎の最も秘められた処に出入りする雄蛇は蜜でぬらぬらと濡れ光り、新鮮な肉の弾力を存分に味わっていた。
蛇めいた器官が粘膜の襞を拡げ、潜り込んでくるたびに内側をくまなく擦られて、玉兎は切なく息をついた。

「お願いっ、わたし、わたし……もう……!」

終わりが近い、というのをどう言い表せばいいのか分からず、玉兎の訴えは上ずった喘ぎにしかならなかったが、夜刀介にはそれで十分だった。
もう一度深く突き入れると、毒牙を突き立てられた獲物のように玉兎はびくん、と背中を反らせて一際高い声を上げた。

「あ、はうぅっ……!」

断末魔の反応に近かったが、官能に浸り蕩けきった表情は紛れもなく彼女が気をやった事を示していた。
根本まで受け入れた雄を、誰に教わったでもなく本能で子種を絞り出させるように締め付ける。
夜刀介もまた、玉兎の熱い肉体を抱きながら、数千年ぶりに欲望を解放した。

「っあぁ……! 何か、中でどくどく出てるぅ……! ふあぁっ、まだ、出……」

熱くもなく冷たくもない子種が胎内に迸り、玉兎は何にも例えられない生々しい感覚に肢体を震わせた。
あるいは、今の交合で孕んだと感じ取ったのかも知れない。
達しても夜刀介は息すら乱していなかったが、玉兎を見つめる金の双眸が満たされた事を何よりも物語っていた。

「もう……中が……いっぱい……」
「愉しんだか」

玉兎は恥ずかしそうに、しかし素直な仕草で頷いた。
上気した肌にいまだ絡み付く黒い蛇たちが結合部へ頭を向け、溢れる蜜と精を舐め取り始めた。
その舌使いに、一度悦びを極めて徐々に整いつつあった息がまた熱と甘さを帯びる。

「あぁ、また変になっちゃう……ふぅっ、んっ」

まだ硬いままの雄が秘処を占拠しているのを否応なく感じ、まだ交神が続くのだと知った玉兎が自ら腰を揺らし、夜刀介を求め出すまで時間はかからなかった。

既に時間の感覚は麻痺し、どれだけ長いこと抽挿を続けているかも分からない。
閨に籠もってもう何刻経つのか、二人は蛇の交合いのように延々と抱き合い続けた。
蝋燭が溶けて一つ二つと消えていき、最後の灯りが消えて閨が完全な暗闇になるまでの間、夜刀介は何度も精を放ち、玉兎は繰り返し気をやった。
普通の人間なら精根尽き果てて情死しかねない程だったが、半神半人の娘はむしろ夜刀介から精気を吸い尽くそうとするように求め続けてきた。
情交の激しさを示す咬み痕を柔肌のそこかしこに付けられ、ほとんど気を失いながらも雄を締め付けて離さない様は、淫蕩というよりも健気なほどだった。

「何もかもくれてやる、ありったけ搾り取ってみせろ」

人ならぬ身の月喰い夜刀介が、献身と呼ばれる行いをした事が一度でもあるとすれば、玉兎と契りを結んだこの時だったろう。

交神の儀が成り、玉兎が下界に帰った後、夜刀介は深い眠りについた。
人の世の尺度で何百年にもあたる長い夢から目覚め、しばらくして玉兎はもうどこにもいない事を思い出した。

(……あれが居ないと、こんなにも静かだったか)

何をするでもなく神殿の階に立つ夜刀介の側に来た影の従者が差し出したものは、一通の手紙だった。
開いてみると、懐かしい人間の匂いがした。
手紙を書くのに慣れていないらしい乱筆だが、夜刀介には誰が書いたものかすぐに分かった。


『……イツ花にお願いしたこの文が夜刀介様に届くのがいつになるか分かりませんが、その頃もう私は生きていないと思います。
 今月、一族の中で一番のお年寄りになったのでそろそろ私も覚悟するようになりました。
 夜刀介様から授かった娘は、想(そう)と名前をつけました。 目の下のアザがお父さんに似ている可愛い女の子です。
 想は丈夫でとてもいい子に育って、毎日本当に本当に嬉しい事でいっぱいです。
 ついこの間、新しい奥義を編み出したぐらい腕を上げたので、もう私がいなくてもやっていけると思います。
 寿命が近づくと昔の事ばかり思い出すそうですが、最近は夜刀介様と過ごした時の思い出をよく夢に見ます。
 夜刀介様の角の手触りも、頂いたお饅頭の味も、交神でどきどきした事も、みんなはっきりと思い出せます。
 私には死ぬというのがどういう事か分からないけど、死んだ後も家族のみんなや夜刀介様からもらった思い出を忘れたくないから こんな夢を見るんだろうと思います。
 人は死ぬとお星様になると聞いた事がありますが、もしそうなったら今よりもっと輝いちゃってチョー恥ずかしけれ、なんちゃって。
 ……書きたいことは他にもっとありますが、きりがないのでこのあたりにします。
 いつまでもお元気で、夜刀介様』


丸文字で綴られた手紙を何度も何度も読み返し、ようやく書面から顔を上げた夜刀介は、そこにあり得ないはずのものに目を見張った。
視界いっぱいに広がる、昼も夜も闇に覆われた星も見えない黒い空。
その永遠に明けない夜の中に、ただひとつ紅い月がぽっかり浮かんでいた。

「……忘れられなくなったのはこちらの方だ」

人間の方がよほどおっかねえ。
苦笑してそう独りごちる夜刀介は、恋人とでも見つめ合うように、紅い月に跳ねる兎をいつまでも眺めていた。

(終)

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