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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

DAY OF THE DEADMANS(R-18G)


セーラー服の裾を黒い蝶のように翻し、散歩でもするような足取りで少女が歩いてくる。
死人を踏み分け、血溜まりに飛沫を上げながら、死屍累々の荒野をただ一人歩く少女の、血の色をした眼となびく髪ばかりが鮮やかだった。
屍の輪の中心に、小柄な少女が虫の息で倒れていた。
身体に合わない軍用のコートも、その下のTシャツもずたずたに裂けて血にまみれ、最早衣服の体を成していない。
そばに佇む黒いセーラー服の少女を見上げた左目は藍色に澄んでいたが、その奥には虚無しかない。
右目は革の眼帯で覆われており、深手を受けていたのも死角の右半身だった。
常人なら即死している程の広範囲に抉れた傷が、彼女の血に潜む異能の力によって、辛うじて目視できる速度で徐々に塞がっていく。

「いい様だな、鬼首の」
「…………」
「挨拶代わりに首を刎ねようとする元気もないか」
「……日生さん」
「こんな痛い思いをしてまで頑張らなくてもいいだろうに」

若葉も、陣内も、君の家族も、誰も君が傷つく事なんか望んでいないだろうに。
穏やかな口調で囁かれる言葉に、倒れたままの灯代の眼が険しくなる。
ヤタガラスの謀略に利用され、用済みだと滅ぼされ、灯代を守って逝った者達の名を挙げられ、灯代の胸中に怒りが燃え立つ。
大切な人達を奪われ、復讐鬼に身を落として一人ヤタガラスに刃向かった灯代を、組織内での権力の足がかりとするため始末しようとした相手に言われたのだから、当然の事だった。
何度も、何度も、自分の手で殺したはずの相手に。
最初に彼女を手にかけたのは、仲魔をその身に取り込んで異形と化した日生と戦った時の事。
柔らかい肉とその奥の臓器にまで食い込む、冷たく固い骨のぞっとするような感触。
自身の傷口から抉り出された『捨丸』の欠片を、目の前で粉々に砕かれた日生の絶叫。
断末魔に一矢報いられ右目を失った痛みも、はっきりと覚えている。
それなのに、日生は何度も、こうして灯代の前に現れる。

「でも、まだまだ元気そうで、何よりだ」

まだ二人が同じサマナーの先輩と後輩だった頃の、その時のままの日生を前にした時だけ、復讐鬼の狂気がなりを潜め、鬼首灯代という人間だった頃の自分に戻る。
それゆえに灯代は苦しむ。
自分を支える復讐心がわずかでも揺らぐ事を。
自分から全てを奪った奴等を断罪する刃の斬れ味が鈍る事を。
日生は知っている。

「……私を、殺さないの」
「殺さないさ、だいたい復讐なんかして何になるんだ?」

手負いで動けない灯代にしてみれば、相手がこの好機に恨みを晴らそうとしないのは当然の疑問だったが、命懸けの悲願を全否定する返答に灯代は血が滲むほど唇を噛んだ。
人にも戻れず鬼にもなりきれない、中途半端なままで苦しみ続ける灯代の姿に、日生は昔の自分を思い出していた。
今は、一人きりで泣いていたあの頃とは違う。
いつ見捨てられるかと怯えていたあの頃とは違う。
捨丸はもう私から二度と離れないで、私の痛みと引き換えに欠けた所を補ってくれる。

……『痛み』。

ずいぶん前から日生の身体は体温を持たず、痛みどころか熱さも寒さも感じない。
物を食べても味さえ感じず、もう寝食の必要すらない。
大江ノ捨丸と同じ死人の身体になってから、灯代に何度殺されただろうか、日生自身も覚えていない。
そのたびに損傷した身体を脱ぎ捨て、彼女が量産する屍の山から新しい身体を見繕うのも習慣になった。
もしタタラ陣内から受け継いだ右目が灯代に残っていたら、目の前の少女が自分の知っている日生でない事にとうに気付いていただろうか。

「もう十分だろう? あの可哀想な双子だって、君が結局殺し――」

その時、無言のまま灯代の右手が伸びて日生の足首を掴んだ。
削げた骨肉を再生途中の腕に負荷がかかるのも構わず、術を発動させて自分の手ごと一気に燃焼させる。
凄まじい火力に灯代の右手の骨が露出し、掴まれた身体に炎が回り焼け爛れるのを日生は他人事のように見ながら、へえ、不意討ちするやり口も覚えたのか、と思った。
揺らめく炎越しに、灯代の顔が見えた。
復讐に酔う悪鬼のそれではない、一人ぼっちで道に迷った幼子のような表情で呟く。

「日生さん」
「私は何度、あなたを殺せばいいの」
「私は、いつになったら、人間をやめられるの」

業火に焼かれる喉から、答えが返ってくるはずもない。
サマナーのふりをした才無しの少女でもない、仲魔のふりをした壊れかけの氏神でもない、近栄日生のふりをした『何か』は、答える代わりに嗤った。

――君はまだ痛みを感じるんだろう? 羨ましいな――
――私たちの代わりに、痛い痛いって、泣き喚いてくれよ――


(BAD END)

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