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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

NIGHT WALKERS


まだ肌寒さが残る季節、淀んだ夜の底には無数の灯りが浮かんでいる。
街の喧騒も届かないビルの屋上、錆びた柵の上に並んで座っている少年と少女がいた。
袖を捲った学生服姿の少年は、夜空をそのまま映したような眼の色をしており、髪の間から覗く左耳にはピアスが光っていた。
少女はパーカーとショートパンツの軽装で、緋と藍の色違いの眼、短い赤毛が風に揺れていた。
どちらもあどけなさの残る顔つきで、十代半ばくらいの年頃だったが、落ち着いた雰囲気の少女の方が年上かもしれない。

「ふー、喉渇いた」

少年は先程自販機で買った缶ジュースのプルタブを開け、一口飲んで膝の上に置く。
柵に腰掛けている不安定さにも関わらず、器用にバランスをとる膝に乗せられた缶は倒れない。
少女の方も同様だった。

「私、余計なお節介しちゃいましたね」
「いやいや」

眼下の繁華街で二人が出会ったのは、つい十数分前の事だった。
猥雑なネオンと溢れる人混みから離れた薄暗い路地で、少年は黒服の男達に取り囲まれており、少女はそれを目撃して助けようとした。
雑居ビルの7階から躊躇わず跳躍した少女が着地した時、修羅場はあまりにも呆気なく終わっていた。
素手の少年一人を包囲していた男達は、全員倒れ伏し手足を痙攣させていた。
その原因となった電撃の名残の火花を掌に纏わせながら、少年はいきなり現れた場違いな少女に一瞬戸惑ったような顔をした。
新手の追跡者かと警戒する少年に、少女は敵意がない事を示し『灯代』と名乗った。
少年は、彼が拠り所とする姓は明かさず『碧』とだけ名乗った。
二人は夜空と夜景を交互に見ながら、とりとめのない話をしていた。

「あの黒服の人達、何だったんですか?」
「んー、時々俺を勧誘しに来る変な奴らで、断ってんのに付きまとわれてんの、しつこいよな」
「それは大変ですね」
「本当やんなるよ」

超国家機関ヤタガラスが、この少年にかかると悪質セールス業者のような言われ様だった。
灯代はそれ以上立ち入った事情は訊かず、自分のジュースを口にした。
碧の不遜なまでの余裕の態度は、追い詰められ脅える者とは程遠く、日常の面倒事として淡々と処理するような慣れたものだったからだ。
一方、碧も7階から自分の目の前に飛び降りてきた少女の素性には無関心だった。
サマナーなのか、どこの所属なのか、ヒトとは言い難い匂いがするが、人間に擬態した悪魔でもないようだ。
少なくとも敵でないなら、碧に危害を加えるつもりがないのならそれでよかった。
二人は顔にも態度にも出さないまま互いの力量を推し量りながら、たまたま同じ餌場で顔を合わせた野良猫同士のように、少し離れて柵に腰掛けていた。


灯代は回想する。
この少年ぐらいの齢だった頃、自分はどうして過ごしていたか。
家に帰れば家族がいて、学校に行けば友達がいて、曽祖父のような、皆のような立派なサマナーになりたいと志していた頃。
いつかきっとそうなれると信じて、前だけを向いてがむしゃらに走っていた頃。
託された継承刀と初めての仲魔、同世代のサマナー達との出会いと戦い、そしてあの日鬼首家を襲った惨劇……
サマナーになってから一年足らずで、灯代の運命は思いもよらぬ方向へ動いていった。
あれから色々な事があり過ぎて、何もかも変わってしまったが、失った多くのものを乗り越えて灯代は今ここにいる。
柄にも無く感傷的になっている自分に気付き、灯代は取り繕うように碧に言葉をかけた。

「もう遅いから、家まで送っていきましょうか」
「いいよ別に」

母と死別してから逃亡生活を続けてきた碧に帰る家はなく、その日その日の寝場所は気まぐれで決めていた。
あんたこそ終電とか大丈夫? と冗談めかして訊き返したのは、相手への気遣いというよりも深く追求されるのを逸らすためだった。

「大丈夫、近くに住んでるから……良かったら、うち、寄っていきますか?」
「駄目だろ、行きずりの男なんかホイホイ部屋に誘ったら、不純異性交遊だって」

見た目の齢こそ似たり寄ったりであるものの、自分よりもずっと幼い男の子のそんな説教じみた台詞が可笑しく、灯代は吹き出した。
灯代につられて碧も笑い出し、二人の笑う声がはじけた。
碧が笑う様はそこいらの少年と何も変わらないものだったが、ただ夜色の眼だけは笑っておらず、どこか虚無的なものを感じさせた。

「じゃ、俺もう行くわ」

膝を軽く跳ね上げ、中身のなくなった缶が空中で一回転する間に碧が腰を上げる。
わずか数cmの幅の柵の上に平地と同じように立ち上がり、落ちてきた缶を手の中に受け止めていた。

「あの……」
「ん?」
「気をつけてね」

灯代の言葉に、碧は「うん、バイバイ」とだけ答え、柵を蹴って跳んだ。
常人離れしたその行動に驚くものは誰もいない。
数十mの高さからコンクリートの上にしなやかに着地し、雑踏に紛れ夜の中へと駆け去っていく学生服の後ろ姿が、灯代の目には見えていた。

「碧くんか……また会えるかな」

もし灯代が碧の姓を聞かされていたら、無理にでも自分の住処に連れて行っただろうか。
力になりたいと、お節介を焼いて彼の後を追っただろうか。
出会って一時間も経たず、お互いの事を何も知らず別れた今となっては、意味のない仮定だった。

「私も、帰ろう」

家族を失い、近栄を出奔してから十数年の間、灯代は家庭を持たず、組織にも所属せず、はぐれサマナーとして各地を転々としていた。
鬼でも人でもない自分の居場所を探しながら、やりきれない孤独に苛まれた事も一度や二度ではない。
そんな中でも、灯代の事を理解してくれる人達や、信頼できる仲魔と巡り合う事ができた。
自分の居場所が見つからなくても、誰かの居場所になる事はできるのかもしれない。
その可能性は、灯代に少しだけ希望を与えてくれた。
弱々しくちっぽけだが、それは今でも鬼首灯代の中で燃えている、確かな希望だった。



「お帰り! 碧、切符買うのになかなか戻ってこないから心配したじゃないのサ」
「ちょっとな、連中に絡まれてて遅くなった」
「またァ? あいつら、アタシがついてたらカラスの黒焼きにしてやってたのに!」

バッグの上に丸くなって番をしていた赤い毛並みの猫が、勝気そうな少女の声で人語を喋った。
碧は街を出る前に、駅前のベンチに置いていた自分の荷物と仲魔を回収しに来たのだった。
着替えや日用品の入ったバッグを担ぎ上げると、赤い猫もひょいと碧の肩に乗る。
ここの所、ヤタガラスから追っ手が差し向けられる間隔が短くなっていた。
一時的に仲魔と合体し、その能力を自分のものとする、御陵家が滅んだ今となっては碧だけの異能が知られたせいかもしれない。
あるいは、碧が自分の母親について調べ出した事と関係があるのかもしれない。
左耳のピアスが小さく光り、野太い男の声がした。

「この分じゃあ、次の追っ手が来るのもすぐだろうな」
「そーだな、夜行列車を選んで正解だった、乗れば少なくとも明日までは安全だろ」
「向こうに着いたら着いたで、遅かれ早かれまた襲って来るんだろうがなァ……」
「俺達に危害を加えるなら、そのお返しに叩き潰してやるまでだろ、五郎」
「……ああ、だがよ碧、『蒼乃祇紅煉』って奴もどうかは分からんぞ、あいつは……」

ピアスから響く仲魔が口にした名前に、碧の夜色の眼に不穏な感情が宿る。
彼の言うとおり、ヤタガラスの関係者と接触するのは危険かもしれないが、碧はどうしても知りたかった。
御陵家が滅びた一件に、そして自分の出生に何らかの形で関わっていたなら、それを知る手がかりであるこの男に会いに行くしかない。

「……そうかもな、まあ、会ってから考えりゃいいか」

たとえ、今まで襲ってきた連中と同じように、死と引き換えに組織への服従と忠誠を強要されたとしても、碧は誰の下にも就かないし、誰のものにもならないだろう。
ただ一つの『御陵』という居場所がしっかりと自分の中にあるから。
あまりにも暗く過酷な道を意にも介さず、まるで遊びを楽しむような軽やかな足取りで、学生服の少年は最終列車が待つホームへと歩いていった。


(END)

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