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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

GOODBYE,UNTILL WE MEET AGAIN SOMEWHERE


晩秋の山は、常盤樹の深緑と赤から黄、褐色に移り変わる紅葉の斑模様に染められていた。
紅葉が一枚二枚と枝を離れては、下の澄んだ渓流に浮かび運ばれていく。
その流れの近くに、ぽつんと小さな茅葺きの家があった。
寄り添うように二つ並んだ棟の片方から煙が上がっており、中からは朝から鉄を打つ音が響いていた。
川を越えた遠くには田畑が連なっているが、他に家や小屋はなく、世話をする人の姿も見当たらない。
ゆっくりと傾き始めた日はその全てを橙色に照らし、濃い影を落としていた。


煙が上がっている方の棟は、ふいごが備え付けられ火が燃えている竈、使い込まれ黒光りする鉄床、山と詰まれた炭、小型の炉や大小の槌、火鋏に鏨(たがね)といった道具から、ここが鍛冶場として使われている事が窺い知れた。
その竈の前で、男が一人黙々と手を動かしている。
陣内の左の視界に、火花や鉄の色とは違う赤い色がちらりと映った。
鍛冶場の入り口を覗く小柄な人影が誰かは、自分ともう一人しかいないこの世界では確認する意味などない。
また仕事を見に来たのかと言うと、「はい」と弾んだ声が返ってきた。
陣内は槌を振るう手をいったん止め、汗を拭いながら振り返る。
洗い晒しの小袖をたすきでまとめた格好の、十五・六ほどの少女が裸足のまま立っていた。
日焼けした顔の中で、藍色の眼が光っている。
紅葉のように赤い髪は腰の辺りまで伸びており、彼女が身動きするのに合わせて揺れていた。
もし、かつての彼女を知る者が見たら、髪が伸びただけとはいえあまりに印象が違いすぎて、すぐには本人と分からないかもしれない。

「家の事、終わったのか」
「はい」
「鉄の破片を踏むといかんから何か履けよ」
「あ、はい」
「今日の飯、何だ」
「鯵の開きですよ」

長い事連れ添った夫婦のようなやりとりをしながら、少女は大きすぎる下駄をつっかけ、鍛冶場に上がりこんだ。
飛んだ火の粉で火傷しないよう、恐る恐る陣内の広い背中越しに手元を覗き込む。

「……灯代」
「何ですか?」

名前を呼んだはいいがそれ以上言葉が続かない。
陣内は誤魔化すように少女の赤い髪を指で梳き、何でもない、と返した。

「おいしいですか?」
「ああ」
「良かった」

相手の茶碗にお代わりをよそいながら、灯代は微笑んだ。
質素な献立ではあるが、陣内の言葉は決してお世辞ではなく、作った者の心がこもった食膳は神にとって何よりの糧だ。
米櫃や味噌樽の中身はいつまでも減らず、裏の小さな畑にはいつでも食べられるだけの野菜が生っており、放っておいて腐る事も枯れる事もない。
それを灯代は不自然だとも思わず、当たり前のように生活している。

「もう暗いな」
「日が落ちるのが早くなりましたね」

現世を模して昼夜は巡り、四季は移り変わるが、時は永久に止まっている。
どのぐらいの月日をここで、二人きりで過ごしたのだろう。
灯代も陣内と離れ離れになった時の、十六歳の姿のままでいる。
ただ、生前はずっと短いままだった赤い髪だけが、唯一時を刻むように伸びていた。
気付けば肩に届く長さになり、いつの間にか背中を覆い、今となっては長い髪は腰まで達していた。

「日が出ているうちからお前に悪さすると、うるさいからな」

陣内が何気なく口にした戯れに、灯代は辺りをはばかるように頬を赤らめる。
『ここ』には自分達二人しかおらず、まして客など来るはずもないが、明るい昼間に事に及ぶのを恥じらう姿が見たくてついこんな事を言ってしまう。

「いつかみたいに昼間からお外でされたら、誰だってうるさく言うようになりますよ」

灯代が口を尖らせたが、陣内には心当たりがいくつもあってどれだか分からなかった。
春の野原で睦み合った後、赤い髪に絡まった花びらや草を取ってやった時の事を言っているのか、それとも真夏に沢で水浴びをしていた灯代を木陰で貪った事だろうか。
誰かに見られたためしなど一度もなかったとはいえ、外での交合に抵抗があるのは当たり前かもしれないが、何だかんだで灯代の方も楽しんでいるのを陣内は知っている。
聞いているのかいないのか分からない陣内に、またあんなふうにされてはかなわないと灯代は念を押す。

「あの、ちゃんとお布団を敷いてから……」
「分かっている」
「……もう」

いつまで経っても初々しい灯代の反応に目を細めながら、陣内は出がらしの茶を啜った。

全てが終わった後、灯代とその肉体から解放された陣内は再会してもう一度恋をやり直したが、何もかも以前と同じようにとはいかなかった。
近栄を出て行くより前の事は何も覚えていないとはいえ、触れてくる陣内の手に無意識に身を固くして、何かに怯えるように目をつぶったままでいる灯代の姿は痛ましかった。
上手くいかなくて詫びる灯代を「気にするな」と慰め、時には寄り添って共寝するだけの日もあった。
そんな日々を経て次第に灯代は陣内を受け入れられるようになり、さらに経ってからは自分から求めるようにもなった。
それが嬉しくて日中から羽目を外しすぎて怒られ、夜になったらなったで仲直りする事もしばしばだった。
もう居やしない誰かから灯代を奪い返そうとするように、陣内自身も精根尽き果てるまで延々と交わった夜もあった。
今も、月明かりだけが差し込む狭い寝間で、何度目かも分からない営みが繰り返されていた。
男女の荒い息遣いに互いの名前を呼ぶ声が交じり、生々しく濡れた音が断続的に聞こえる。
夢中になりすぎて布団をはだけているにもかかわらず、篭った熱のせいで素肌に汗が滴るほどだった。
灯代に覆い被さった陣内がいっそう激しく腰を突き込み、物欲しそうにひくついている粘膜の奥へと熱い精を迸らせた。
抱え上げられた脚に震えが走り、だめ、私も、と言うか言わないかのうちに灯代も目の前が真っ白になり、陣内の熱と重さと鼓動を感じながら気をやった。

「はぁ……はぁ……」

暗い中でも目立つ灯代の赤い髪が、枕から流れて布団の上に豊かに広がっている。
二人はしばらく抱き合ったままで充足感に浸っていたが、ようやく息が整い出した頃、陣内はゆっくりと身体を起こして一息ついた。
灯代の方はというと、なだらかな丘のような胸を上下させ、余韻の残る蕩けた表情ではあるもののまだ物足りないように見上げている。

「陣内様、もっと、ほしいです」

布団を敷いてからでないと嫌と訴えた慎みはどこへやら、よく見えるように膝を立て、自らの指で拡げた襞の間から濃い白濁がとろりとこぼれ出た。
他の誰でもない自分にしか見せない媚態でおねだりをする灯代に、一仕事終えたはずの陣内のものはまた熱を持ち始めた。

「ね、だめですか?」
「お前に誘われて断った事なんかあるかよ」
「……嬉しい」

いくら子種を注いでも子を成す事は決してないが、少なくともお互いの心は満たされるのだから、無意味な行為だとは思わない。
頬を上気させて微笑む灯代を膝の上に抱き上げると、広い背中に手を回してきて、陣内様あったかい、と耳元で囁いた。
陣内と同じだけ身体が熱くなっているはずなのに、寒さに凍えたように震えながら必死に縋り付いて来る。

「陣内様……ずっと……」

灯代の囁く声は陣内の唇で遮られたが、それに抗議する事もなくすぐに夢中で応えてきた。
ずっと、の後に続く言葉が何なのかは分からなかったが、今この時しかないように一心に灯代を抱いているうち、陣内はやがて忘れてしまった。

新しい手拭いが見当たらず、陣内が母屋に取りに戻った時、そこに灯代の姿は見えなかった。
裏の畑を覗いてもいなかったが、他に彼女が行く所といえばだいたい見当はついている。
沢の近くを探しに行くと、淡黄色の水干を着た灯代が岩場に立っていて、渓流を無数の落ち葉が流れていく様をただ見つめていた。
紅葉によく似た色の長い髪が、ここのところ冷たさを増した秋風に揺れている。
珍しく考え事をしているようなその様子に、陣内は声をかけようかためらい、黙ったまま近付いて隣の岩に腰掛けた。
いつもなら快活な笑顔で子犬のように飛びついてくる灯代なのに、陣内がそばに来たと分かっていても彼女の方もしばらく何も言わなかった。

「陣内様……私、ここから出て行こうと思うんです」

灯代が唐突に切り出した言葉に、陣内は耳を疑った。
しかしそれも一瞬の事で、一方ではとうとうこの時が来たかと既に受け入れる気持ちになっていた。

「いきなりこんな事言ってごめんなさい、陣内様にはお世話になったけど……いつまでもここにお邪魔してたらいけないと思うんです」
「…………」
「ここで陣内様と暮らすのが嫌になったわけじゃないんです、でも」

陣内はしばらく黙っていたが「そうか」とようやく口にした。
震えても強張ってもいないいつも通りの自分の声が出せた、これなら上出来だと思った。
まだ言いづらそうにおろおろしている灯代の華奢な肩に、大きな掌をぽんと置いた。

「お前なら、いつかそう言うだろうと思った、最初から覚悟していたさ」

仲魔だった頃はたかだか一年程度の付き合いだったが、灯代がどんな娘かはよく分かっているつもりだった。
前だけを向いてより遠くを目指していた彼女を、こんなちっぽけな作り物の世界にいつまでも留めておけるはずがなかったのだ。

「……ありがとう」

灯代はやっとの思いで言葉にした。
混ぜこぜになった様々な感情を処理しきれず藍色の眼に涙が浮かび、我慢しようとしたが出来なかった灯代は陣内の胸に顔を埋めた。
温かいものが衣に染みる感触に、陣内は「泣くやつがあるか」と努めて明るい声をかけ、しゃくり上げる小さな背中をさすってやった。

根こそぎ食われた記憶は戻らず、生前の家族や陣内との事を思い出す事はついぞ無かったが、この箱庭のような世界を訪れてから灯代はずっと幸せだった。
今の灯代の髪の長さは、そのまま箱庭で陣内と過ごした月日の長さだった。
陣内の武骨な指が髪を梳き、鋏を入れると、赤い髪が一房、二房と床に落ちる。
遠くまで旅に出るなら短い方がいいから、と陣内に願い出た灯代は、大人しくされるがままになっていた。

「どのぐらいまで切ればいい」
「じゃあ、私がここに来た日ぐらいまで」

言うとおりに陣内は鋏を動かし、灯代の髪は生前と同じ位に短く整えられた。
すっかり軽くなった頭を振る灯代は、床に落ちた自分の髪の量に、うわあ、と感嘆の声を上げた。

「その格好のお前も少し新鮮だな」

二人で散らばった髪を掃き集めながらそう陣内に言われ、照れ笑いする。
そしていつものように食事を摂り、湯を使って背中を流し合い、いつものように床を共にした後、陣内は灯代を起こさないようにそっと布団を抜け出して鍛冶場に向かった。
切られた髪を集めて束ねたものを竈に放り込むと、炎が勢いよく燃え上がり、ぱっと黄金色の火の粉が舞った。
髪は火にくべられてもなぜか縮れも焦げもせず、それどころか金属のようにいっそう赤く灼け始めた。
熱されて柔らかくなったそれを火鋏で引き出して、鉄槌で叩き伸ばしてはまた竈に戻すのを繰り返しているうちに、灯代の髪だった赤熱の塊は密度を増して小さくなっていく。
夜更けが過ぎて空が白み始める頃、鉄床の上でようやく一つの形を完成させた陣内はひとり得心して頷いた。

今まで暮らしていた茅葺きの家を朝に出て少し歩き、小さな山の麓に着いた。
短くなった赤毛に笠を被った旅姿の灯代を、陣内はここで見送る事にした。
風は少し冷たかったが、小春日和の心地よい日だった。

「この一本道を振り向かずにずっと上っていけば、大きな鳥居が見えるはずだ」

そこを越えればいい、と陣内は教えたが、鳥居を越えればどうなるのか、越えた後どこへ行けばいいのかは言わなかった。
灯代は真面目な顔で小さく頷き、最後の名残を惜しむように繋いでいた手をそっとほどいた。

「陣内様、今までありがとうございます、さよな……」
「こういう時にはそんな辛気臭い事を言うもんじゃねえよ」

――また会いに来る、って言ってくれ。
そう言う陣内は、灯代がこれまで見た中で一番優しい顔をしていた。
せっかくの決心が揺らぎそうになったが、自分を快く送り出してくれる陣内の気持ちに応えたいと、灯代はやっとの思いで堪えた。

「嫌だと言っても、今度は俺の方から会いに行くからな」
「……楽しみに待ってます、いつかまた、お会いしましょうね」
「ああ。 いつかきっと、かならず、灯代がどこにいても会いに行くさ」

そっと灯代の背中を押した陣内の左手の指には、炎を固めたように赤く光る指輪があった。
陣内に促され、旅姿の灯代は一歩、二歩としっかりした足取りで山道を歩いていく。
途中で何度も足を止めたが、一度も振り返る事はしなかった。
遠ざかる灯代の後姿が小さくなり、やがて豆粒のようになって山の木々の陰に隠れ、視界から消えるまで、陣内はずっと立ったまま見送っていた。
風が枝を揺らす葉擦れの音に混じって、どこからか産声が聞こえた気がした。

(終)

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