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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

CURIOSITY KILLED THE RAT


真昼間にも関わらず、人っ子一人いない大型ショッピングモールの中はどこか非現実的で不穏な雰囲気だった。
土曜の午後には学生や家族連れで賑わっているはずの店内には、客どころか店員の姿さえもなく、明々と点いた照明や飾り立てられた店頭のディスプレイもかえって寂しく見える。
火災警報機が鳴らされ、全フロアにいた人間は残らず外へと避難していたのだ。
大勢の人が集まっていればその中には悪戯と思って無視する者もいそうなものだが、こうも一斉に逃げ出した理由は、近頃市内で起きている連続放火事件の恐怖に他ならなかった。
人が多く出入りする施設や店舗が狙われ、警察の現場検証でも出火元が不明という共通点があり、建物が全焼するだけでなく死傷者も既に数百人単位に及んでいた。
映画館で前の席に座っていた人の身体がいきなり炎上したという証言もあり、さすがに警察では取り沙汰されなかったが、オカルトじみた異常な事件だと囁かれ、テロの可能性もあるとさらに噂に尾鰭がつき、この辺りの界隈を脅かしていた。

その、無人のショッピングモールの一角で、やはり悪戯などではなく激しい火の手が上がっていた。
火の粉と煙が立ち込める中に、逃げ遅れたのか、丈の短いワンピースを着た少女が緊迫した面持ちで立ち、絶えず辺りを見回している。
その手には鞘を払った刀が握られ、彼女の後ろには右目に眼帯を着けた男が背中合わせになって、同じ表情で周囲を警戒していた。
これほどの火災だというのに、彼女らが他の客達と同じく逃げようとしない理由は二つあった。
彼女らがいま背を向けている、中央出入り口への通路は大きな鉄の壁で塞がれ、外に避難するほかの退路も炎に覆われていて逃げようにも逃げられない状況だった。
そしてもう一つは……

「カハハハッ! どうしたァ? その刀で俺を斬るんだろ?」

二人の前に、濃いサングラスをかけた小男が炎を挟んで立っていた。
挑発するような男の台詞に応じるように、天井を舐める炎が生き物のように蠢き、人の手に似た形をとってあたかも意思を持ったように少女めがけて襲ってきた。
眼帯の男が声を上げる。

「灯代! 上だ!」
「くっ!」

少女が刀を振るうと、炎の魔手はその一閃で切り裂かれた――いや、炎が自らいくつかの塊に分かれて太刀筋から逃れ、灯代の腕に噛み付いた。
ワンピースの生地を突き抜ける鋭い痛みに顔をしかめながら、腕を振って火の玉を払い落とす。
パチパチと弾ける火の玉に小さな手足と細長い尻尾、つぶらな瞳と長い髭を持つ鼠の頭がくっついた、この世にいないその生物は『火鼠(カソ)』と呼ばれる掌に乗るほどの魔獣だった。
それが何十、何百匹の群れになり、揺らめく火の海と見紛う火鼠の大群が二人を取り囲んでいる。
そして群れの向こうで哄笑を上げる男こそが、この火鼠達を使役するダークサマナーであり、巷を騒がせている放火魔だった。

近隣のサマナーは、奇怪な一連の放火事件は悪魔絡みの可能性が高いと考えて警戒しており、灯代もその例外ではなかったが、まさか自分が犯人と出くわすとは思ってもみなかった。
そもそも今日、灯代と陣内がここのショッピングモールに出かけたのは、サマナーの任務のためではない。
灯代はワンピース姿で、陣内も灯代の従兄の服を勝手に拝借して市井の人に扮し、世間一般の男女のようにいわゆるデートを楽しんでいたのだが、カフェテリアに入った時おかしな気配がした。
害意を持ったきな臭い火の匂いを感じ取った陣内の力を借り、灯代は残像しか見えないほど素早い火鼠をその眼で捉え、その手で捕らえた。

「へえ、『見える』のかよ、お前」
「!!」

顔を上げると、吹き抜けの上階からサングラス越しに灯代達のテーブルを見下ろしている小男がいた。
その男の頭に、肩に、足元に従えられた何匹もの火鼠が、犯行現場を押さえた目撃者を消し炭にしようと飛びかかる。
火災報知器の喧しいベルが、白昼の戦いの合図となった。

「せっかく陣内様と特盛りコーヒーゼリーを食べる予定だったのに……!!」

デートを台無しにされた灯代の怒りはこの場の火事以上に燃え盛っていたが、今のジリ貧の状況においてはそれも空しいばかりだった。
一匹ごとの力は弱いが、火気を媒介にしてそれこそネズミ算のように数を増やしていくこの悪魔の特性に、灯代と陣内は苦戦を強いられていた。
非常にすばしこく小さな鼠は剣先では捉えられず、かといって炎の術で焼き尽くそうとしても鼠達の数を増やすだけで、かえって敵に塩を送るようなものだ。
相性が最悪なこの敵に対して手詰まりの状況に、灯代はヤタガラスに緊急連絡し、応援要請をしようとしたが
取り出した携帯は飛び出してきた火鼠に奪われ、外との連絡手段までも断たれてしまった。

「……袋の鼠だなんて、洒落にもならねえな」

火鼠に齧られ、所々破れた借り物の服を気にしながら、陣内がこぼす。
防火シャッター代わりに鋼鉄の壁で通路を閉ざし、パニックに駆られて出入り口に殺到する群衆が火鼠に集られ一網打尽に焼き殺されるのを防いだのは陣内の機転だったが、それは同時に防壁を背にした自分達の退路も断つ事を意味していた。
タタラ陣内は火の神であるためこの程度の炎は意に介さず、その加護を受ける灯代も火脹れひとつ負っていないが、このまま火鼠が増え続けて群れがさらに大きくなり、総火力が陣内の力を上回るのは時間の問題だった。

「消防車が来るまでに終わらせたいな……あの長い梯子に火が燃え移るのをコーヒーでも飲みながらゆっくり眺めたいんだよ、カフェから燃やしちゃったのは失敗だったよなァ~」

焦りの色が濃い灯代と陣内に引き換え、放火魔の男は余裕の表情でろくでもない独り言を口にしている。
火の中に棲む鼠の毛皮は完璧な防火布になるというだけあって、火鼠の群れは主人への攻撃を生きた盾となって防ぎ、火気を餌に倍々に増殖して二人を押し包んでいく。

「……陣内様、防壁を消して一旦退きましょう!」
「くそっ……こんな野郎に背中を見せるのはヘドが出るほど不愉快だがな……」

これだけ燃えているにも関わらず天井のスプリンクラーが作動しないのは、あらかじめ火鼠を忍び込ませて水を送るバルブを閉めさせるような細工でもしたのだろうか。
そこまで考えて、普段なら気にも留めないものが壁際に設置されているのを見つけた時、灯代と陣内は二言三言短く言葉を交わし、それを取りにまっしぐらに飛び出していた。

「消火器……!」

いつか学校で催された防災訓練で、その使い方は知っていた。
灯代は安全栓のリングに指をかけて引き抜き、力いっぱいレバーを握ってホースの先から薬剤を勢いよく噴射した。

「苦し紛れだな、馬ァ鹿が!」

十数匹消したところで火鼠はまたすぐに増えるだけだ。
焼け石に水だとせせら笑う声などお構い無しに灯代は噴射を続け、もうもうと白い煙を撒き散らす。
火鼠を退けるためではなく、視界を遮るために使ったと男が気付いた時には、周囲は消化剤の煙幕で覆われていた。
獲物を見失った火鼠がチイチイと騒ぐ鳴き声に混じり、後ろからガラスが割れる音、振り向いたその方向に白い煙に紛れて背を向けた人影が見えた。

「そこかァ! 焼け死ね!」
「いやああああっ!!」

窓から逃げ出そうとする隙を与えず、攻撃の号令で無数の火鼠が獲物に飛び掛かる。
悲鳴と共に瞬時に火達磨にされたサマナーに、男はカッハハハと耳障りな哄笑を上げた。
じきに消火器の煙幕が薄れ、無惨に黒焦げになった姿をそこらに潜んでいる連れが見た時の反応を想像し、なお一層込み上げる笑いが、突如消えた。
人の髪や肉が焦げる臭いとは全く異質な臭いが漂っていた。熱で溶けたプラスチックの人工的な臭いが。
全身を業火で焼かれながら、のた打ち回るどころかピクリとも動かないのももっともで、火鼠の群れが集っていたそれは黒焦げのマネキン人形だった。

「い゛ッ!?」

一瞬の油断を突かれた男の首に、両の手首と足首に、鈍い金属音を立てて太い鉄の環が填まり、それに繋がった鉄鎖が全身をがんじがらめに拘束していく。
相手を無力化して生け捕りにするため編み出された技法の一つだった。
白煙の中から鉄鎖の端を握ったタタラ陣内が現れ、もがく男に素早く脚払いをかけて床に転倒させる。

「人形劇のご感想はどうだ? おっと、鼠をこっちに寄越すなよ、骨が砕けるぐらい締め上げられたくなきゃあな……!」

視界を遮り、音で注意を引き付け、衣料品店にあったマネキンを利用した子供騙しのトリックだったが、うまく一杯食わせられたのは二人の連携の賜物だった。
白い煙に隠れ、悲鳴だけを上げた灯代が物陰から出てきて、拘束された男の懐を探り「管」を発見した。
ジッポーライターの形状をしたその「管」は、実際のライターと同じように点火する事で火の中から悪魔を召喚する仕組みのようだった。

「おいっ、俺のだ! 返せ!」
「黙ってろ! お前が燃やした店のコーヒーの代わりに煮え湯をたっぷり飲ませてやるぜ、それだけの事をやらかしたんだからな」

カリカリカリカリ、という小さな音を聞きとめた陣内が拘束された男を見下ろす。
男の腕の影で、火鼠の一匹が一心不乱に鎖を齧っていた。

「てめえッ! 妙な動きをするなと言っ……」
「遅せぇよ、馬鹿が!」

勝ち誇った男の声と同時に、周囲の壁や天井が一斉に燃え落ち、火の勢いが収まりかけていた周囲を再び火炎地獄に陥れた。
火勢は数mの高さに達し、辺りを包む業火は全て牙を剥く火鼠の大群で、既にここまで増殖していたのだった。
灯代が手の中のライターを操作し、火鼠達を管の中に戻そうとするが、暴走し膨れ上がった悪魔の力を収めきれず、管の方にヒビが入り破損してしまった。

「いけない!」

男を戒めていた鉄環の枷が焼き切られ、鎖がばらばらに千切れ飛ぶ。
それは火鼠達の火力が鍛冶神の力を上回った証拠だった。
敵の手に渡った管を捨て、男は火鼠の群れが齧って開けた壁の穴から逃走する。

「じゃあな、アホども! そのまま仲良く骨まで焼かれちまえ!」

男の捨て台詞に歯噛みする間もなく、多勢に無勢の灯代と陣内に四方から火鼠の大群が襲い掛かる。
燃え滾る地獄の釜底と化したフロアに、その時天井からシャワーのように水流が降り注いだ。
止まっているはずのスプリンクラーが何かの弾みで作動したのかと灯代は思ったが、実際はそうではなく、天井が燃え落ちたはずの箇所からも水は降り注いでいた。
ひどい煤煙と水が蒸発した霧に紛れて目を凝らしても分からないが、建物の中だというのに中空を灰色の雨雲が覆っていた。
そこから降る雨はやがて車軸を流すような豪雨になり、火鼠の燃える毛皮に何千何万という水滴が容赦なく叩き付けられる。
あれほどの勢いで燃え盛っていた火鼠の大群が、見る見るうちに小さくなっていき、湿ったネズミ花火のように弱々しい火花を弾けさせ消えていった。
後に残ったのは、フロアの焼け跡にびしょ濡れで立っている灯代と陣内だけだった。
水浸しの床に二人の姿が鏡写しになり、頭上にかかった淡い虹が場違いに和やかだった。

「何か分からないけど、助かった……」

陣内の加護のおかげで火に耐性を持つ灯代だったが、凄まじい熱気に晒されたせいで肌がひりひりしており、もしかすると髪も焦げているかもしれなかった。
昨夜一生懸命選んだ卸し立てのワンピースは煤まみれの上、いまだ降り続く雨に打たれて全身濡れ鼠だが、骨になるまで焼かれるよりは全然ましだと考える。
横にいる陣内も同じ有様だったが、偶然助かった僥倖を喜ぶ様子でもなく、何やら考え込むような表情でいる。
妙に思った灯代は陣内の名を呼びながら濡れた肩に手をかけた。

「陣内様? 大丈夫ですか?」
「あ、ああ、すまん、しかしこの雨は……」
「確かに変なタイミングでスプリンクラーが動きましたね、何でだろう?」
「その事じゃないが、俺は誰が降らせたかが……いや、あの野郎をふん捕まえるのが先だ! 今からでも追いつけるかもしれん!」
「はい!」

屋内に降りしきる不思議な雨の中、足元に水飛沫を上げて新米サマナーと仲魔は駆け出した。

レストランフロアと映画館がある2号館は延焼してはいなかったが、やはり客も店員もみな避難しており、店の中はどこもがらんとしていた。
無人のテーブルに置かれた食べかけの皿や床で割れたコーヒーのカップが、突然の火災警報に慌しく逃げ出した様を物語っていた。
その無人の館内をただ一人、管と仲魔を失った男は這這の体で逃走していた。
あれほどの巨大な群れになった火鼠は、もう自分の手に負えるものではない。
あいつらは火鼠の餌食になって最早生きていないだろう、死に様を見られないのは惜しかったが……
フロアを突っ切り、裏の従業員出入り口を目指す男はサングラスの下で目を見開いた。
地獄の業火の中で骨になっているはずの二人が通路に立ち塞がり、待ち構えていたのだった。

「ちょろちょろ逃げ回るのは終わりか? ネズミ野郎」
「丸腰の相手を痛めつけるのは気が引けるけど……これ以上抵抗すれば死なない程度に大火傷させてやる!」

灯代は燃える刀身を翳し、陣内はどこから取り出したのか金槌を構える。
畜生、と舌打ちし、何とか突破口を探そうとする男は信じられないものを見た。
男と灯代達が今向き合っているのは、点心が名物で中華料理が食べ放題というバイキングの店の前だったが、
そこには驚いた事に、入り口近くの丸テーブルに着いて黙々と口を動かす少女の姿があった。
傍らには小さな蒸篭が山と重ねられ、聞こえているであろう灯代達のやりとりも意に介さず、三色の蒸し餃子を次から次へと口に運んでいる。
その、女子高生位と思われる年頃の金髪の少女の落ち着きようは、逃げ遅れたというよりは自分の意思でこの店に残っているとしか思えない様子だった。

(な……何だ、こいつ……?)

あまりにも悠々とした彼女の食べっぷりに、その場の誰もが一見呆気にとられたが、放火魔の男は降って湧いた目の前の「チャンス」に縋り店内に突進する。
近くのワゴンに置かれた北京ダックを切り分けるナイフを取り上げ、無防備に座ったままの少女を羽交い絞めにした。
くすんだ長い金髪が揺れ、男がテーブルにぶつかってきたせいで料理がひっくり返されたのを目にし、いまだ箸を持ったままの少女は「あっ」と小さく声を上げた。

「お前らァ! 一歩も動くんじゃねえぞ! この女の顔に傷が……」

一般人を盾に取る苦し紛れの悪あがき、だが鬼首のサマナーにとってそれは脅しにならない。
タタラ陣内が「やってみろ!」と言い返す寸前だった。

「……どうしてくれんの、私のあんかけ焼きそば……!」

少女の肘がワンインチ距離で鳩尾にめり込み、声にならない苦鳴が男の口から漏れた。
前のめりになった男の背中を軽く突き飛ばし、椅子から立ち上がった少女の編み上げブーツを履いた脚が目にも止まらぬ速さで跳ね上げられ、狙い済ました踵落としが無防備な延髄を襲う。
今し方床にぶちまけられた焼きそばの中にサングラスごと顔を突っ込んだ男は、もはや起き上がる事もできず手足を弱々しく痙攣させていた。
既に仲魔を失っていたとはいえ、凶悪放火魔を赤子の手を捻るように倒した問答無用の早業に、灯代と陣内は物も言えずにただ立ち尽くすばかりだった。

「こいつ、店の外に連れてってくれる」
「あ、はい……」

何事もなかったように再び席に着いた少女の手短な一言に、灯代は思わず素直に返事をしてしまう。
完全に初対面の彼女のペースだったが、少女の方はどうでもいいと思っているようだった。
失神した男を引きずって店を出て行くまで、陣内は彼女の方を気にしていたが、その腕前やまして美貌に感心しているわけではなさそうだった。

「何かあったのか? 夜宵」
「別に何も」

先程の騒動を一言で片付け、再び点心を口に運ぶ少女のテーブルに来たのは、長い髪を後ろで束ねており、少女と同じ深い藍色の眼をした少年だった。
ドリンクバーに飲み物を取りに行っていたのか、両手に烏龍茶のグラスを持っている。
どこか雰囲気の似通った二人は連れのようだが、恋人にしては淡々とし過ぎ、姉弟にしては親密過ぎた。
こうして無人のバイキング店で悠々と食事を楽しんでいるあたり、一見大人しそうな印象の彼も只者ではないのだろう。

「藍丸、そろそろ時間来そう」
「シメに杏仁豆腐取りに行くけど、もう一杯いるか?」
「ん、ライチも食べたい、持ってきて」
「はいよ……こらお夏、出てくるな」

藍丸と呼ばれた少年の足元に、飲食店の中だというのになぜか赤い毛並みの猫が擦り寄っていた。
その緑色の瞳が、辛うじて一匹だけ雨から逃れ、主人の元に戻ろうとする火鼠を見つけ、珍しい獲物に興味を示した。
前足の爪でたやすく捕まえた火鼠をペロリと踊り食いし、その熱さが猫舌に堪えたのか愛くるしい顔を派手にしかめる。

「ニャッ! あんなチンケな火事のくせに生意気に熱っついじゃないか……しかも焦げた味しかしないや、つまんないの」

赤い猫が勝気そうな娘の声で喋るのを聞いて驚く者はここにはいなかった。
烏龍茶で一息つく夜宵の真っ直ぐな髪から覗く耳朶のピアスが光り、小さく男の声がした。

「……嬢ちゃん、ちょっとだけ出してくれてありがとうよ」
「別に、それよりもあの眼帯の奴、知り合いだったの?」
「まあな、ボヤ騒ぎも収まって何よりだ。 それよりもこっちに逃げて来た時、嬢ちゃんがやり過ぎねぇかってヒヤヒヤしたぜ」
「あんなのに関わってたら食べる時間がもったいない」

声だけでも包容力と親しみを感じさせる、ピアスに封じられた存在と会話する夜宵の無表情な顔は幾分穏やかなものになっていた。
もう済んだ事と夜宵は話を止め、最後に一つ残っていた胡麻団子を口に放り込んだ。

再起不能になった放火魔をヤタガラスの者に引渡し、簡単な経緯を説明した後、灯代と陣内は地下駐車場の隅にへたり込んだ。
濡れた身体は陣内が火を熾した熱で乾かしたので風邪を引く心配はないが、煤だらけの破れた服で人前に出るのは気が引ける。
モールに戻って着替えを買おうかとも思ったが、衣料品店が並ぶ一角は大方灰になってしまっていた。
せっかく楽しみにしていたデートがとんだ事になってしまい、戦いの疲労に加えて元気のない顔の灯代を慰めようと陣内が声をかけた。

「まあ……お前のお勧めのコーヒーゼリーは残念だったが、お手柄じゃねえか、災い転じて福と成すってやつだろ」
「そうですね、何とか捕まえられたし……でもやっぱり陣内様とお茶したりお買い物したかったな」

灯代は俯いて、今日袖を通したばかりのワンピースのほつれた裾をつまむ。
神であってもその能力には限りがあり、こんな時武器などよりも服を直すか作り出すかできれば、と陣内は己の無力を恨めしく思った。
気のきいた言葉も思いつかないその時、灯代の腹の虫がぐぅ~と脱力的な音を立てた。

「走り回ってお腹すきましたね……あ! そうだ、ラーメンでも食べて帰りましょうか」

先程までの沈んだ顔はどこへやら、灯代は照れ臭そうに言う。
バイトで一緒になった先輩に連れて行ってもらった美味しい店があると、陣内の手を引いてすたすた歩き出した。

「灯代はそこでいいのか?」
「いいんです、いつか陣内様と一緒に行きたいと思ってたから」

若い娘なのだから、火事騒ぎで入り損ねたあの店のようなもっと洒落た所の方が良くないだろうか、と無骨な陣内らしくもない事を考えたが、要らぬ気遣いだったようだ。
階段を上がり、地上に出ると外は小春日和の青空が広がっていた。
さっきまでの火災の黒煙も、爽やかな風に吹き消されてしまったようだ。
二人の危機を救った突然の雨、そしてあの金髪の少女から感じた懐かしい気配。
人の子に火と風の使い方を教え、自分の生業の元を作り出したその古き神の名を陣内は思い出していた。

(……雷電五郎様、ありがとうございます)

「同じ値段で背脂とネギを倍載せできるんですよ」
「そりゃ得だな!」

半刻前までの死闘も服の汚れも忘れ、二人とももう熱々のラーメンの事しか頭にない。
駆けつけた消防や警察の騒ぎを後に、おかしな二人連れは雑踏の中へと消えていった。

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