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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

KILL DEVIL


よく晴れた昼下がりのこと、街外れの教会で結婚式が行われようとしていた。
新婦はまだ20歳にもならない乙女で、純白の花嫁衣裳に包まれた姿がいかにも可憐だった。
その横の新郎は30にさしかかったぐらいのなかなかの美男、しかも新進気鋭の若手作曲家とくれば、誰もが玉の輿だと羨むだろう。
この男が悪魔に魂を売り、婚約者を次々と生贄に捧げるのと引き換えにその才能と若さを得ていると知らなければ。
彼と関わった女性が何人も行方不明になっている事実がサマナー一族の耳に入り、現代の青髭公もろとも背後にいる悪魔を討伐するため、おとり役として選ばれた灯代は今こうしてきゅうくつなドレス姿で佇んでいるのだった。
ウィッグをつけてメイクも完璧に施し、白い薔薇の花束を手にした花嫁姿は、彼女自身も鏡を見て驚くほどの変貌ぶりだったが
祝福に満ちた空気の中、灯代は早くもマリッジブルーどころではないうんざりした気分でいた。

(嫌な仕事でも一旦引き受けた以上、ちゃんと果たさないといけないわよね……)

この男を信用させるための仕込みには二ヶ月以上もかかったが、その間灯代の心身のストレスは甚大だった。
変装に加えて戸籍まで偽造して良家の令嬢になりすまし、年を2歳ごまかして18歳という事にして臨んだ見合いの時など、終わって帰るや否や熱を出して寝込んでしまう程だった。
二人で庭園を散歩しながら語らっている間、標的の本性を知っている灯代は表面上穏やかに振る舞ってはいたが、甘い言葉を囁かれても欺瞞に満ちた台詞にしか思えず、虫酸が走る思いだった。
灯代の知っている中では、白い翼を持つ鳳の化身も神の端くれながら女と見れば声をかけるが、女を食い物にするような性質ではなく、何より彼はサマナーである『おさなづま』を愛する故にまるで頭が上がらない。
何も知らない女達の心と命を踏みにじりながら、のうのうと別の女に愛していると言える男と形ばかりでも結婚式を挙げさせられるなど、潔癖な灯代には正直耐え難かった。
負傷する心配がない分、新米にとっては安全な任務と言えるかもしれないが、大勢の悪魔を相手に刀を振るう方がよほど気が楽だった。
それに加え、いつも何でも相談し合える仲魔であるタタラ陣内には、今回の任務の詳細をなぜか話せなかった。
仕方なくとはいえ、あんな男と付き合っているのを陣内に知られるのが嫌だったからだ。
心配しなくていいとは言っているが、灯代が隠し事をしても陣内にはなぜかバレてしまう。
これ以上任務が長引けば嫌でも悟られてしまうだろう。
今日の結婚式でそれもようやく終わり、今までの苦労が報われると安心していた灯代だったが……


「それでは誓いの口付けを」

神父の言葉に、灯代はヴェールの下で顔を引きつらせた。
さっきの「生涯新郎を愛すると誓います」も搾り出すような気持ちで言ったのに、まだ苦難は続くようだった。
戦いにおいては豪胆な灯代だったが、サマナーとしての任務の中でこれほど躊躇した事はなかった。
今この場にいる新婦側の参列者は、みな術をかけて人間に見せかけた紙人形に過ぎず
教会全体を包む結界が完成したと外の仲間から合図が入るまで、灯代一人でしのがないといけない。
重大なおとり役を任されたのに、今些細なミスで計画を駄目にしてしまうわけにはいかなかった。
このぐらい何でもないと自分に言い聞かせながら唇を受け入れようとしたその時、仲魔の顔が頭によぎり、灯代は新郎を反射的に突き飛ばしていた。

「…………嫌ッ!」

やってしまった、と灯代は思ったが、結婚式にあるまじきアクシデントを目にして、参列者も神父もざわつくどころか静まり返っている。
雲行きがおかしいと警戒し、灯代はドレスの裾を踏みそうになりながら距離をとった。

「 拒まなければ、かえって苦しまずに済んだが 」

新郎が、いや新郎の口の中に潜む『何か』が喋っているのを灯代は見た。
ウエディングドレスの長い裾を捲り上げ、もしもの時に備えて隠していた刀を抜いて即座に戦闘態勢に入る。
無力な生贄と思っていた花嫁に自分の姿が見えており、しかもこの事態を予測していたと気付いた『何か』は続けた。

「 まさかこんな小娘がサマナーだったとは、油断したな…… 貴様の方がなぁ! 」

新郎の声に、今まで魂を抜かれたように無反応だった参列者がいきなり席を立ち、数人がかりで灯代を後ろから羽交い絞めにした。
魔の気配の代わりに生きた体温を感じ、灯代は彼らが操られているだけと理解した。

「 飛び込んできた小虫一匹程度どうにでもできるわ、馬鹿め! 」
「うう……!」
「 一般人を犠牲にしてわしを捕らえるか? そいつら同様、この肉体もただの容れ物に過ぎな…… 」

新郎を操る『何か』の演説はそこで中断された。
空中に火の粉が巻き上がり、燃える炎の中から渦を巻いて何本もの鉄鎖が生まれる。
出現した鉄鎖と枷は灯代に襲い掛かる参列者をまとめて雁字搦めにし、傷つけず拘束した。
無力な人間を盾にする悪魔の常套手段、それに対抗するべく灯代達が生み出した技術だった。

「忘れたのか? サマナーがいれば仲魔もいる、今そこから引きずり出して炙り殺してやろう」

灯代の傍らに現れたタタラ陣内は新たに剣を精製し、神父の服の袖を壁に縫い止めて行動を封じる。
その手に携えていた聖書が床に落ち、ページをくりぬいた中に小型拳銃が見えた。
召喚されて間もないが事態は把握している陣内は、啖呵を切りながらも内心では苦笑していた。

(灯代の奴、あのまま芝居を続けてりゃどうなっていた事か……それならそれで俺のほうが我慢できなかっただろうがな)

新郎の両手が鎌状に変形していくのを待たず、ヒールの高い靴を脱ぎ捨て、炎を纏う刀を構えて灯代は駆け出していた。




炎上する教会を後にして、灯代と陣内は人気のない道を歩いていた。
新郎は取り憑いていた悪魔ごとサマナー側で身柄を確保され、巻き込まれた人々の記憶は消され、教会の火事はボヤ騒ぎで片付けられるだろう。

「やっぱり私には向いてなかったですね、こういう任務は」

灯代の白いウエディングドレスは血で汚れて無残に破れ、長手袋の片方を包帯代わりに腕に巻き、靴さえ履かず裸足という有様だった。
結果的に討伐成功したとはいえ、途中で計画が破綻して力押しでの解決になってしまった。
もうこんな事は懲り懲りと笑う灯代を、陣内は刀ごとひょいと抱きかかえた。

「陣内様!」
「お前、裸足だろう。 そのまま歩いて帰る気か?」

さすがに徒歩で帰るわけはなく、連絡を受けてじきに迎えが来る手筈になっている。
他人に見られたらと思うと恥ずかしいが、日が傾きかけて少し肌寒い空気の中で陣内の胸の温もりはとても心地よく、ほっとする気持ちになった。

(それに『押しかけ亭主』として、このぐらいの役得はあってもいいだろうよ……黙って重婚なんかしやがって、とんでもねえ悪妻だ)

傷だらけでドレスもぼろぼろだったが、花嫁衣裳で澄ましているよりも今の姿の方が灯代らしくて良い、と皮肉でも何でもなく陣内は思った。
ブーケの代わりに刀を手にした花嫁は、陣内の腕の中で少しだけ照れ臭そうな微笑みを見せた。

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