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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

STORY OF MISS“O”


灯代が近栄家に来て一ヶ月近くになる。
あてがわれた客用の和室も寝巻きの浴衣も、実家と同じだったので早く馴染んだ。
それでも初めのうちは屋敷の中で迷ったりしたものだったが。
午後の庭先に、木刀が風を切る音が響く。
日課の素振りを終えた灯代は、一息ついて汗を拭った。
なまった身体に少しでも勘を取り戻しておかなければならないと稽古に打ち込んでいたせいか、日が傾いているのに今更気付いた。

「そろそろ帰って来る頃かな……」

広い屋敷の中は意外なほどがらんとしており、今は灯代の他には数人しかいない。
少し前まではもっと人の出入りが多く、盆暮れの時期なんか大勢集まってそりゃあ賑やかで、と通いの家政婦から聞かされ、灯代はかつてこの家にいた、今はいなくなった人達の事を思った。
訓練用のこの木刀を使っていたもとの持ち主はどこに行ったのだろうか、それとも、もう。
ふと顔を上げ、庭の植木の向こうに人影を認めて、灯代は立ち上がった。
相手がこちらまで来るのが待てないように駆け出す。
自分と同じ赤い髪を長く伸ばした、自分より少しだけ年嵩の、背の高い少女だった。

「日生さん、おかえりなさい」

捨丸様も、と姿の見えない仲魔の名を付け加える。
息を弾ませて笑う灯代に、日生もただいま、と穏やかに返す。
近栄家先代当主であった母の死を機に実家に戻った日生は、いま当主代行を務めている。
一月前、鬼首家が襲撃され、一族に恨みを抱く仇敵のダークサマナーに皆殺しにされた事件があった。
その惨劇からただ一人生き残った灯代は、ダークサマナーを討伐しに来た近栄のサマナーに保護された。
家族と仲魔を失い身寄りがなくなった灯代の現状を知った日生が、実家に引き取ったのだった。
以来、灯代は近栄家の世話になっており、恩人の日生に対しては言葉に表せないほどの感謝と信頼を寄せている。
家を失うまでは当たり前のように思っていたが、自分の居場所があるという事はこんなにも幸せなのだと、灯代は初めて知った。
自活できる年齢とはいえ、一人きりで生きていこうとするなら、もっと辛かったに違いない。

「体はもうすっかりよさそうだな」
「はい、もともと怪我もなかったし……いつでも復帰できます」

並んで歩く少女二人は、屋敷に上がる途中で男二人とすれ違った。
互いに顔見知りの、近栄家に出入りするサマナーだった。
会釈と短い挨拶の直後、彼らの間で交わされた目配せと、彼女らの背に投げかけられた揶揄するような視線に、灯代は気付かない。
日生の表情がわずかに硬くなったのにも、灯代は気付かなかった。

「お世話になってる近栄家のために、私も何か役に立たないと」

そう言う灯代の顔は、自分の運命も周りの厚意も何ひとつ疑わず受け入れている、素直そのものの顔だった。
誰かのために正しい事を為そうと願うその意志は、日生と出会った時から何も変わっていない。

「……そうだな、ありがとう、鬼首」

当主代行を務める先輩の手助けをしたいと張り切る灯代は知らない。
昏睡から目覚めた彼女が日生から聞かされた顛末が、嘘だという事を。
鬼首家を滅ぼしたのは仇敵のダークサマナーなどではなく、近栄のサマナーだという事を。
そして、それを命じた張本人が、今目の前にいる日生である事を。
今までもこれからも、その事実を灯代が知る事はない。
例え誰かに吹き込まれた所で、お人好しの彼女が日生を疑うだろうか?
鬼首一族惨殺犯という役割を与えられた三下のダークサマナーは始末され、その死体は骨の一欠片も残さず処分され、近栄に繋がる証拠は何も残らなかった。
死人に口無し、そして生きた人間は揃って口を拭った。
かくして、真相は永久に闇に葬り去られた。


日生は当主代行として命じたのみで、死闘の現場には居合わせてはいなかった。
直接手を下すのが自分自身でなくとも、灯代の姿を見れば冷静ではいられなくなると分かっていたからだ。
だが、灯代が一命を取り留めたと報告を受けた時、あの義理堅い仲魔が身を挺して救ったのだろうと日生は直感した。
そしてそれは正しかった。
近栄のサマナー達がただ一人仕留め損ねた一番若い標的は、離れた場所にある廃工場の機械の裏から発見された。
確かに致命傷を与えたはずが、裂けて血にまみれているのは衣服ばかりで、その下からは健康な色の素肌が覗いていた。
手負いの彼女を抱えて共に逃げた仲魔の姿はどこにもなく、横たわる灯代に寄り添うように一振りの刀だけが置かれていたという。
その時から、灯代の師であり、伴侶であり、仲魔であったタタラ陣内はこの世から消え去った。


『この子を生かして使おう』との意見が挙がった。
前当主亡き後、ヤタガラスの尖兵として戦いに次ぐ戦いを繰り返してきた近栄家は、何よりも人材の消耗が激しかった。
実家で立場のなかった日生の後ろ盾となっていた数少ない親族は、既にこの世にはいない。
生き残った有力なサマナーも、元いた近栄を見限り、何人も他所に移っていった。
事実を隠蔽し、手厚く保護し、近栄に属する手駒としよう。
そんな意見に賛同する声に、名ばかりの当主代行は抗う術を持たなかった。
危険を冒してまで生かしておく価値はない、どんな理由であれ生き残りは近栄にとって害になりかねない、そうした正当な理由がいくつでも並べられるにも関わらず。
すぐにとどめを刺すべきだ、と日生は、その仲魔である捨丸は、反発されるのを承知でどうして言えなかったのだろうか。
いずれ灯代が原因で揉め事になれば、当主である自分がその責任を負わされるというのに、どうして自らの手で禍根を絶とうとしなかったのだろうか。
本人の与り知らぬ所で話が進み、こうして灯代は生かされる事に決まった。
『少しでも役に立つうちは、生かしておいてやってもいい』。
自分と同じ立場になった少女に、日生は同情とも憐れみともつかない感情を抱いていた。
役に立つうちは生かされる、だが、役に立たなくなればどうなるか。
灯代を近栄に入れるのに反対したサマナー達は、いずれも鬼首家との戦いで家族や仲間を失った者だった。
もし鬼首の生き残りが『近栄にとって価値なし』と判断される時が来れば、今はかろうじて抑えられている彼らの憎悪を一身に受ける事になるのではないだろうか。
重苦しい不安に日生は小さく息をつき、その様子を灯代が心配そうに見上げているのに気付き、負の感情を隠そうと努める。

「疲れてるんですか? 日生さん」
「……少しな、近栄(うち)から人を派遣するだけじゃ足りない、今日みたいに私も出向く日がこれからもっと増えるから、君の手助けが必要になると思う」
「はい! 次の任務には、私も協力させて下さいね」

鬼首が滅ぼされ、それまで彼らが請け負っていた任務が近栄に寄越されたため、危険な任務をこなすのに多忙なのも道理だった。
その裏を知る由もなく、まっすぐに返事をする灯代から、日生はわずかに視線をそらす。
灯代の正面や右側に立つ事を日生は無意識に避けていた。
彼女が持って生まれた藍色の左目とはまるで違う、日生のそれとも色合いが異なる、鮮やかな緋色の右目。
それは灯代の仲魔・タタラ陣内の隻眼と同じ緋色だった。
鬼首家最後の召喚主のために、かの神が命と引き換えに残した遺産。
あの右目と視線が合うと、今もなお彼女の中に息づく仲魔に、何もかも見透かされているような、絶えず見張られているような気がする。
内心の葛藤と罪悪感を容赦無く暴く視線に耐えられず、いっそ抉り取ってしまえれば、と衝動的に思った事も一度や二度ではない。

「だが、鬼首……君は本当にいいのか? 近栄で、サマナーとして戦い続ける気なのか?」
「えっ……?」
「また危険な目に遭うより、今からでも普通の学生に戻る事だって……」
「大丈夫」

死と隣り合わせの戦い、権力争いの歪み、自らの罪悪感、それら全てから彼女を遠ざけたいと言葉を濁しほのめかす日生の気も知らず、灯代は元気づけるように笑ってみせた。

「私には陣内様の剣がありますから、きっと誰が相手でも負けたりしません、今度こそ……私が、守って……」

気丈に言葉を続けようとする灯代の緋と藍の眼から、涙がこぼれ落ちた。
日生は何も言わず、小さな肩を震わせ嗚咽する灯代の背中を抱いてやった。
斜陽が差し込む窓の外には落日が赤々と燃え、雲を血の色に染めていた。
二人の少女のそう遠くない未来を暗示するように。


(FADE OUT)

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