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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

AVENGER AIMS AT THE HELL


よどんだ赤い空の下、廃墟の街に乾いた風が吹き抜ける。
かつては人や車が行き交っていたはずの、ひび割れたアスファルトの道には人っ子一人通りはしない。
いや、バイクを駆る娘がひとり、赤い短髪と鮮血で染めたような紅いマフラーを靡かせて交差点を走り抜けていった。
速度計の針は120kmを超えていたが、今や無法地帯となったこの地域で、スピード違反を取り締まる者などいるはずもない。
ミラーの中に追跡者の姿を認め、赤毛の娘の表情が険しくなる。
馬が、それも一頭や二頭ではない群れが、蹄の音も高らかに、廃墟の街を走るバイクに追いすがる。
馬を駆るのはみな甲冑を身に着け武装した女戦士で、翼を象った仮面で顔を隠し、背中に純白のマントと美しい金髪を靡かせていた。
彼女らは北欧神話に語られる戦乙女、ヴァルキリーの部隊だった。
この赤毛の娘をヴァルハラへ運ぶ戦死者の魂に加えようというのか、手に手に振りかざす剣の鋭い輝きがそれを物語っていた。
バイクの乗り手は急加速して引き離そうとするが、追う者と追われる者の構図は依然として変わらない。
獲物を追い詰める猟犬の群れのように、ヴァルキリー達は統率の取れた動きでバイクに肉薄する。
「ホヨトーホ!」「ハイヤハー!」ソプラノの掛け声が二重三重に響く。
馬上の戦乙女の甲冑の輝きが、オーロラのように残光の帯を引き、向かい風にはためく紅いマフラーを追う。
崩れかけたビルの間を縫って、なおも猛烈な速度で前進を続けるバイクだが、多勢に無勢でとても撒けるものではない。
重力に縛られる事のないヴァルキリー達は軽やかに馬を跳躍させ、地上と同じようにビルの壁面を駆けていく。
立体的に追い込み、包囲しようというのだ。
人間技では不可能なこの芸当に、バイクが追いつかれるのは時間の問題だった。
しかし赤毛の娘はやおら逃走を中止して車体を急ターンさせ、殺到するヴァルキリー部隊と真っ向から睨み合った。
その片手はハンドルから離れ、唯一の得物らしい一振りの刀を握っていた。
せめて一太刀、討ち死にする覚悟を決めたかと思われたが、眼には確固たる戦意が燃えている。
いや、実際に彼女の右目には炎が燃え上がっており、それと連動するように手にした刀も赤熱した光を放ちながら急激な変化を遂げ、3mはあろうかという斬馬刀に変じていた。
長大な刀身に刻まれた神代文字が、鼓動するように淡い光を明滅させている。
もしその文字の意味を知る者がいたならば、呪われた誓文が読み取れただろう。

『復讐を遂げる日まで 安らかに眠るなかれ』

力任せに振り下ろされる鋼鉄の塊が、正面に迫るヴァルキリーを馬ごと両断した。
容赦なく死体を踏み台代わりにして乗り上げたバイクは、唸りを上げて勢い良く空中に跳躍した。
その勢いのまま、上空のヴァルキリーにバイクごと体当たりをお見舞いする。
車体に激突され、体勢を崩した相手に容赦ない刃の追撃が襲った。
思わぬ反撃に統率を乱した女戦士達を、巨大な斬馬刀は片端から餌食にしていく。
バイクが着地するまでに、赤毛の娘は既に四体のヴァルキリーを屠っていた。
これっぽっちの犠牲では足りぬと言うように、新しい血に染まったマフラーを翻し、迎え撃つべく再び陣形を組んだ騎馬の真っ只中へと突進する。
オーロラの輝きを纏う刃が四方八方から突き出され、小柄な身体を無惨に斬り裂き、羽織った軍用品のコートをずたずたにした。
それでも赤毛の娘はバイクの速度を僅かも落とさず、斬馬刀を振るう力を少しも緩めず、荒れ狂う鋼鉄の暴風と化して殺戮を続ける。
狂戦士(ベルセルク)そのものの戦いぶりだった。
鮮血の円舞からヴァルキリー達が一騎、二騎と脱落していき、火竜の咆哮のようなエンジン音がようやくおさまる頃、辺りは地獄絵図と化していた。
ある者は頭部を叩き潰され、ある者は上半身と下半身を分断され、ある者は落馬した所を轢殺され……
輝く甲冑も美しい金髪も白いマントも血の海に沈み、戦死者の魂を運ぶ役目の戦乙女達はいずれも、愛馬共々むごたらしい屍を晒していた。
唯一立っている赤毛の娘も傷と血にまみれ、肩や背中には折れた剣先が突き刺さったままという有様だ。
顔をしかめながら剣の破片を抜こうとした、その時。

「GAAAAHHHHH!!!」

咄嗟に盾にしたバイクを、プレス機にかけたように押し潰したのは獣の巨大な顎だった。
鋼鉄の車体が鈍い音を立ててひしゃげ、不吉に赤い口の中で噛み砕かれる。
紙一重で食われるのを逃れた赤毛の娘をバイクごと一呑みにしようとしたのは、山のように巨大な狼だった。
獰猛を絵に描いたような巨体に加え、硫黄の匂いのする炎を両目と鼻腔から絶えず噴き出し、豊かな毛並みと強靭な筋肉の上からはごく細い紐が絡み付き戒めている。
しかし、赤毛の娘の鋭い眼光はこの巨獣ではなく、その紐の一端を手にした男を射抜いていた。
何やら犬の散歩を思わせたが、そんなのどかなものとは程遠い状況だった。
巨狼を縛る紐を握った金属の義手に力が入り、長い前髪の下から暗い目つきが赤毛の娘を睨み返す。
彼は、『世界の敵』たるこの娘を始末するため、超国家機関ヤタガラスから遣わされた追っ手だった。

「鬼首、貴様の身勝手な所業も今日で最後だ……! 悪鬼の末裔の穢れた血を絶ってくれる!」
「私が昨日返り討ちにした人と同じ台詞ですね」
「黙れ! 国家の守護こそ我等ヤタガラスの使命、それを蔑ろにしただけでなくこれまで何人の同胞を手にかけた!? 裏切り者め!」
「ふざけるな……あんた達こそ私を裏切ったんだ! 私の大事な人達を奪ったヤタガラスを絶対に許すつもりはない!」

追っ手の男の恫喝にも、赤毛の娘は頑ななまでに不遜な態度を崩さない。
殺伐とした会話の最中にも、巨狼は獲物の肉が待ちきれず落ち着きなく身動きしていたが、全身に絡みついたかぼそい紐は千切れもせず巨体を抑え付けていた。
必ず証拠の首級を持ち帰る事、と上からは命じられていたが、目の前の小娘を今すぐ八つ裂きにしてやりたい衝動が男の中で荒れ狂っていた。
この赤毛の娘こそ、ヤタガラスの幹部や要人を狙った復讐行脚を続ける大逆の悪鬼であり、その凶刃に倒れた者の中には男に召喚術を教えた師も含まれていた。
彼らが施していた各地の結界や封印が破れ、平和だった国は今や魔がはびこる混沌の地と化したのだった。
師の仇を討ち、組織に忠誠を示すため、片手を代償に得た仲魔を戒めから解き放つ。

「首だけ残して食い千切ってやれ! フェンリル!」

大地を揺るがすような雄叫びを上げて襲い掛かる巨狼に、赤毛の娘は斬刃刀を振るう事はしなかった。
挙げた左手に握られていたものは、一本の召喚管。
それを封じていた白と赤のこより紐が千切れ、開いた管から妖気が膨れ上がる。

「馬鹿な!?」

サマナーの一族の生き残りだと聞いていたが、召喚されたものに追っ手の男が驚愕の声を上げる。
巨狼に引けを取らない体躯、のたうつ八つの首は鬼灯のように赤い目玉をぎらつかせている。
これは、こいつは、遥か神話の時代に退治され、封印されたはずの……
――龍王ヤマタノオロチ!
ヤタガラスによる封印が破れ、外界に出てきた強力な悪魔を力ずくで従えていたのなら、ここまでしぶとく生き延びて来れたのも納得がいく。
恐るべき悪魔を召喚した相手に、男は背筋が寒くなるのを抑えられなかったが、すぐにそれは武者震いに取って代わる。
龍王を引き裂かんとする巨狼の爪牙を縫って、血に飢えた八つの首が食らいついた。
神々の黄昏(ラグナロク)を現世に再現するような怪物同士の死闘に、周囲の建物が巻き込まれ破壊されていく。
赤い空と崩れ落ちるビルを背に、赤毛の娘と義手の男の戦いが始まった。

死闘が終わり、地に伏していたのは追っ手の方だった。
折れ曲がった金属の義手は錆色の血にまみれ、生身の身体もいたる所を噛み裂かれて同様の有様だった。
裂けた口から舌をはみ出させた巨狼の首が瓦礫の中に転がっていたが、息も絶え絶えの召喚主には仲魔の最期を省みる余裕すらない。

「くそ……化け物……め……」
「それが最後の言葉ですか」
「いずれ……貴様が、泣き喚いて命乞いする様を……ヴァルハラから見物してやる……楽しみだ」

圧倒的な暴力に打ちのめされ、死に瀕しながら、男は最後の意地で捨て台詞を絞り出す。
敵わなかったが、最後まで屈せず戦った、それだけは悔いは無い――
しかし、相手は乾いた声でこれに応えた。

「あんたがこれから行く所はヴァルハラじゃない」

赤毛の娘は管を懐に仕舞い、元の形状に戻った刀を振り上げる。
今や裁きの瞬間を待つだけの男は、その眼の中にまぎれもない狂気を見た。

「負け犬が尻を蹴飛ばされて放り込まれる地獄だ」

死者に鞭打つような追い討ちの言葉と共に、一片の慈悲もなく引導を渡した。
生き残った側も無傷ではないが、決して浅くないはずの裂傷は所々ふさがっており、何事もなかったような顔で赤毛の復讐鬼は廃墟の街を後にする。
『鬼首灯代』。
それが人間だった時の彼女の名前だが、今はもうその名を呼ぶ家族も友も仲魔もどこにもいない。
彼らを奪ったヤタガラスを決して許さないという怒りだけが、彼女を動かしていた。
鬼となった灯代は涙を流さない、その代わりに仇が血を流すのを見る時だけ心が安まる。
だが、三途の川が赤く染まる位に大量の血が流されても、灯代の胸中で燃え盛る怒りは消えないだろう。
この世の全てを敵に回しての復讐劇は、まだ始まったばかりだった。


(To Be Continued…?)

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