俺屍サマナー
GOD ONLY KNOWS(R-18/BL)
雪のちらつく、ことのほか冷え込む師走の夜の事だった。
火鉢の中でそれこそ雪のような白い灰に埋もれ、炭の赤い残り火が覗いている。
畳の上には学生服の上下と肌着とが脱ぎ散らかされ、一番上に着込んでいたであろう黒い外套の上に、小柄な少年がうつ伏せに転がされていた。
暁丸という名の通り、夜明けの空のように鮮やかな赤毛の少年だった。
無防備な素裸ではあるが、内側からの熱に全身を上気させている彼は、火鉢があっても底冷えする程の寒さもまるで感じていないようだった。
皺になっちまう、とさっきまで気にしていたにも関わらず、少年の汗ばんだ手が外套の厚い布地を掴む。
他人の熱に身体を拡げられる圧迫感に耐えかねたせいだった。
「辛くないか」
「……今更……何抜かしやがる」
低く太い声に、暁丸は悪態で返した。
さっきまで指と軟膏で慣らしていた後孔に、切っ先を埋めようとしているのは精悍な面差しの男だった。
右目を覆う眼帯と、蓬髪を結った紐の他には何も身に着けていない、暁丸と似たり寄ったりの姿だ。
ただ成長途中の暁丸とは違い、骨太の逞しい体つきをしており、肩の広さも胸の厚みも少年一人を押さえつけるには十分なものだったが、今は小さい身体に負担をかけまいとする事だけに力を尽くしていた。
暁丸自身にもそれは分かっていたが、慎重に腰を進める気遣いも、今の少年にとっては自身を苛むためわざと緩慢にしているとさえ感じられる。
仲魔に後ろから圧し掛かられながら、年若いサマナーは弾む息を抑えていた。
暗い部屋の中でも、障子を透かすうっすらとした雪明かりで、痛々しいほど紅潮した耳朶や、汗にまみれたうなじに貼りつく後れ毛や、荒い呼吸に上下する肩甲骨が、後ろから抱いている男の――タタラ陣内の隻眼にははっきりと見えている。
ようやく根元近くまで収まって一息ついた陣内は、形のいい尻を軽く叩いた。
「おい、そんな締めんな……こっちも痛ぇんだ」
「好きで締めてんじゃねぇや畜生!」
自棄になったように怒鳴る声には荒い息が混じり、余裕がなかった。
陣内は決して無理な真似はしていない、そのつもりだが、無意識の緊張と抵抗に強張った身体は本人の思うようにならず、力を抜こうにも抜けないようだった。
そして、暁丸が情交の間中やたらに乱暴な口ばかり叩くのは、初めて身体を重ねた際に終始泣きべそをかいていたのをいまだ気にしているせいだった。
しょうがねえな、と苦笑して、陣内は目の前の玉の汗を浮かせるうなじに唇を寄せた。
「うわ! やめろよ、くすぐってぇ……!」
抗議されるのも構わず痕がつくほどきつく吸い、染まった耳朶にも歯を立てた。
敷布代わりの外套を掴む暁丸の両手は、上から被せられた陣内の両手に捕まえられ、自由にならない。
こんな焦れったい愛撫なんかよりも、さっきから痛いほど勃っているものに刺激が欲しくてたまらなかったが、陣内はそっちに触れてくれるどころか、暁丸が自らそこに手をやるのも許さないようだった。
クソ野郎、と内心で毒づく暁丸だったが、陣内に腰を軽く揺すぶられただけで、腹の中を押し上げる硬い肉の摩擦に声にならない声を上げる。
二人分の体温で溶けた軟膏が潤滑を助けているおかげでさほど苦痛はないが、その代わり暁丸は別の感覚に悩まされていた。
頭の中も、陣内の息がかかる耳朶も、震えている自前の肉茎も、身体のどこもかしこも熱かったが、何よりも繋がった所が灼けるように熱い。
肉と粘膜が絡む淫靡で秘めやかな音さえも、自分の鼓動の音と同じ位大きく響くように思えて、どうしようもなくなる。
『早く終わらせて欲しい』と情けなく懇願する事だけはしたくない、と暁丸はささやかな矜持で儚い抵抗を続けていたが、遅かれ早かれいずれ陥落すると見抜いている陣内にとっては、それも愉しみのうちだった。
「あ……っ、くそ……」
煽り立てられるにつれ、暁丸は次第に口数が少なくなり、漏れそうになる声を堪えるので精一杯になる。
毎度の事でそれを知っている陣内は、内心で良し良しと思いながら、自分の太さに馴染んできた後孔に抽送を繰り返した。
まだ後ろだけで気をやれる程ではないので、暁丸を押さえつけていた片手をようやく除け、下腹につきそうなほど反り返ったものを握り込むと、陣内の熱い掌の中で活きのいい魚のようにびくりと跳ねた。
先端に滲んだ先走りを武骨な指で掬い、小さく円を描くように塗り広げてやると、自分の下の小柄な身体も同じように跳ねた。
「……んッ……う……!!」
待ち望んでいた鋭い刺激が走り、身体を支える四肢ががくがくと震えて崩れ落ちそうになる。
下に敷かれた一張羅の外套を汚すまいと、どうにか堪えている暁丸の太腿に手を回し、陣内は繋がったまま小さい身体を器用にひっくり返した。
いきなり体勢が変わったせいで咥え込んだままの肉根に深く抉られ、くっと呻き声を漏らした時にはもう遅く、仰向けになった自分を見下ろしている陣内と目が合った。
我を忘れた情けない顔を晒したり、掘られながら浅ましくおっ勃てているのを見られるよりはまだマシだからと、いつも後背位を選ぶ暁丸にとっては耐え難い格好だった。
してやったり、と言わんばかりに笑う陣内の口元を目にして、暁丸は紅潮して涙が滲む目元を慌てて手で覆い隠した。
「……ちくしょう! こっち見んな!!」
きかん気な少年が半ば涙声で悪態をつく様に、愛おしいような、もっと苛めてやりたいような気にさせられ、陣内は小脇に抱え上げたままの片足を折り曲げるようにして、一際深い所まで突いてやった。
腹の奥を硬いもので蹂躙され、たまらず上擦った声を上げる暁丸の反応を愉しみながら、自分も知らず興奮に乾いた唇で囁く。
「まだ意地を張ってんのか、小僧」
余裕の笑みで顔を覗き込んでくるのが憎らしく、頭に血が上った暁丸は快感も羞恥も意識の外に追いやり、陣内を睨み付けて啖呵を切った。
「今に見てろこの野郎! 今度は俺のでヒイヒイ言わせてやらあ!!」
「そりゃあ楽しみだな……!」
陣内も負けじとニヤリと笑い、もう遠慮せずいっそう強く腰を打ち付ける。
啖呵を切った舌の根も乾かぬうちに、自分自身がヒイヒイ泣き喚く羽目になった暁丸の手は、陣内の肩にしがみ付くついでに、腹いせに力任せに爪を立てた。
赤銅色の肩や背中にいくつも血の筋が引かれ、それは怯えた猫というよりは、手負いの虎の足掻きのようだった。
いつも髪を纏めている青藍の結い紐は解けかかって、すっかり乱れた赤い髪共々、黒い外套の上に広がっていた。
「はぁっ……はぁ、う……くぅ……」
突かれるよりも抜かれる時の方が背筋にぞくぞくした熱が走り、下手をすれば前を弄られるよりも悦い位だと否応なく感じさせられる。
生々しい音を立てて後孔を擦り上げられるたびに、仰向けの下腹に力が入ってしなやかな腹筋が浮き上がり、裸足の足指がぎゅっと縮こまる。
それにつれて陣内を咥え込んだ後ろも締まり、歓待に悦び奮い立つ肉根にお返しのように掻き回される。
激しい抽送に翻弄されながら、気をやっちまうのは仕方ないにしても、せめてこの野郎を先に往生させた後なら、と途切れ途切れに考える。
忠実な仲魔は主人のそんな思いを読み取ったような事を口にした。
「サマナー様を差し置いて俺ばかりいい思いするのはいけねぇな、ほれ」
愛撫の途中で放り出された暁丸の肉茎は、今も後ろへの絶え間ない刺激で勃起したまま、陣内の引き締まった下腹に押し付けられていた。
先走りの露にまみれた若い肉にまた陣内の手が伸び、抜き挿しするのに合わせて手加減なく扱き立てる。
いきなり前後から責め立てられ、暁丸の意志がいかに強くてもこれには堪え切れるはずもなかった。
辛うじて少年を支えていた男の意地も矜持も、内側から身を灼く熱に溶かされて消えてしまったように、暁丸は緑色の眼に涙を浮かべながら自分を抱いている男の名を何度も呼んだ。
一瞬でも早く絶頂を迎えたい余りに無意識に腰を捩り、良い所に当たるように尻を浮かせ、相手の腰を脚で引き寄せる事さえしたが、陣内の方ももはや形振り構わぬ暁丸をからかう余裕はなかった。
鈴口を濡れた指先でこじ開けられ、ひっと息を詰めた直後、膨れ上がった快感が呆気なく弾けた。
「……っ! あぁ!!」
半ば掠れた小さな叫びと共に、断続的な迸りが勢い良く陣内の腹筋にぶちまけられた。
吐精の脈動に合わせて、抱きすくめられた暁丸の身体が仰け反り、男を咥え込んだ粘膜がひくひくと震えた。
千切れんばかりの後ろの締め付けから腰を引いて逃れた陣内は、同じく限界を迎えつつある自らの男根に手を沿え、自分も同じようにして暁丸の滑らかな下腹に熱い精を放った。
「ふぅ……っ」
至近距離で目と目が合うが、どろりと粘つく精液で互いの腹を汚した状況で見詰め合うのは少し気まずく、二人はすぐに我に返って視線を外した。
暁丸はすっかり脱力した身体を外套の上に横たえ、はぁはぁと浅い息を繰り返していた。
腹の上にしこたま出された白濁をさっさと拭き取ってしまいたい所だが、射精直後の倦怠感と、それ以上に受け身で体力を消耗したせいでなかなか起き上がる気になれない。
不本意な事に、さっきまで陣内を受け入れていた後ろの窄まりだけは、まだ物足りないように熱っぽく疼いていた。
「ほぉ、結構出したな」
そんな陣内の余計な一言に言い返すのも億劫なほどで、暁丸はただ息を整えながら狂おしい熱が引くのを待つしかなかった。
陣内はくたびれて物も言えない暁丸の乱れた前髪を手でかき上げてやり、汗をかいた丸い額を露出させる。
最後までやり遂げた頑張りを労ってやろうと、その額に口付けようとして顔を近づける陣内だったが、ぎょっとした暁丸は反射的に頭突きで迎撃した。
「痛っでぇぇ! 何しやがる!!」
「こっちの台詞だバッキャロー!!」
石頭をまともにぶつけられた鼻を押さえて喚く陣内を一喝し、暁丸は改めて自分の方から口付けた。
唇が重なり、お互いの体温を感じた――と思ったらすぐ離れてしまう。
不機嫌と照れ臭さが半々の、むすっとした表情で陣内を睨んだ。
「……これでおあいこにしてやる」
「お、おう」
曖昧に頷く陣内をよそに、暁丸は外套に染みがつかなかった幸運に感謝しながら、薄紙で腹を拭って後始末を始める。
いつからか火鉢の火が消えかかっていた事に今になって気付き、途端に汗の冷えた素肌を這い上がってきた寒気に小さなくしゃみが出た。
万事よく気のつく仲魔は少年サマナーの裸の肩を外套で包んでやり、指先で熾した火を火鉢に移した。
「はー いい湯加減だ」
白く立ち込める湯気の中に、くつろいだ声が響く。
後始末を終えた二人は熱い湯を使い、情交の汗と身体に残った怠さを流していた。
陣内は年の離れた弟にするように、手ずからサマナーの背中を流してやっていた。
その手つきに先程まで少年を苛んでいた淫靡さは欠片もなく、暁丸も和んだ顔で陣内の手に背中を任せている。
どちらから言い出した訳でもないが、最中にどれほど喧嘩をしようとも、事が済んだ後は必ず二人して湯に入り、背中を流し合うのが決まり事になっていた。
交代した暁丸に、後ろから手桶で熱い湯をかけられ、ひりひりする痛みに襲われて陣内は眉をしかめた。
広い肩から背中にかけて幾筋も赤い蚯蚓腫れになっているのを見て、ささやかな復讐心を満足させた暁丸は、おっと傷を消毒しねえとな、化膿したらいけねえなとわざとらしく石鹸を泡立て始める。
「痛ッ……沁みるじゃねえかこのクソガキ! さんざん引っかきやがって……」
「うるせぇ! いい気になって掘るだけ掘ってたのはどこのどいつだ!」
またもや言い争いが始まったが、これもいつもの事だった。
湯から上がる頃には何事もなかったように仲直りして、床に就くまでにまた些細な事で喧嘩をするのだろう。
外では雪がなおも降り続けており、明日は積もりそうだった。
(ヲハリ)