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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

BUTTERFLY IN THE CAGE


サマナーになって間もない灯代にヤタガラスから直々に下された初任務とは、氷魚(ひお)家の当主と会う事であった。
灯代が事前に聞かされた説明では、氷魚家は旧くからの強い魔力を持つ一族であったが、今となっては数少ない生き残りがいるのみで、受け継がれる血の力を守るため彼らはヤタガラスに手厚く保護されているという。
その氷魚家の中で、幼くして当主の座を継いだ若葉という少女。
彼女と定期的に連絡を取り合い、週に一度は直接会って様子を見る事が灯代に与えられた任務だった。
保護対象と同年代の少女で、偶然にも近くの高校に通っている灯代には適任といえるこの仕事に張り切る新米サマナーは、やる気に満ちた足取りで彼女―氷魚若葉―とその後見人である従兄の住むマンションを訪れた。

(私と同じ高校生って聞いたけど…どんな人かな? 緊張する……)

国家機関・ヤタガラスに代々仕えてきた鬼首家のサマナーとして、この初仕事をちゃんとこなさなくてはと使命感に燃える灯代は、やはりこれから長く付き合うであろう相手なのだから第一印象で失敗してはいけないと思い、どうしたら会話が弾むか話題を考えたり手土産を用意したり色々と準備をしていた。
タタラ陣内は「案ずるより生むが易しと言うだろう、あまり気負うな」と悩みすぎないよう助言してくれたが……

(陣内様の言うとおり、まずは会ってみないと何とも言えないかな)

エレベーターから出て、14階廊下で『氷魚』の表札を確認した灯代が思い切ってドアチャイムを鳴らすと、インターホンから柔和な女性の声がした。

『はい、どなたですか?』
「あ、は、初めましてっ! ヤタガラスから派遣されました鬼首と申します!」

心の準備をしていたはずなのに、思い切り上ずった第一声になってしまい灯代は汗が出る思いだった。
今開けます、とドアから顔を覗かせたのは、その名前の通り鮮やかな若葉色の眼をしたセーラー服姿の少女だった。
事前に見せられた写真と同じ、一族の当主という重々しい肩書きはそぐわないような、優しく儚げな印象の少女は灯代を快く室内に招いた。
大きな観葉植物と、天井までを占める靴箱が目を引く玄関から通されたリビングには大きなソファが置かれており、モデルルームのように整然としている。
鉢植えや花瓶などに飾られた花が室内を彩り、落ち着いた芳香を漂わせていた。

「ごめんなさい、いつもヤタガラスの方に対応してもらってる従兄の刃曜がいま急用で出ていて、戻って来るまでちょっとお待たせしてしまうかも……」
「いえ、時間の事なら心配しなくて大丈夫です」
「今日鬼首さんが来られると伺ってたのでお茶の支度してたんです、よかったらいかがですか?」
「いいんですか? 頂きます!」

若葉の言葉に灯代は顔を輝かせた。
ちょうどいいと思い、手土産として持ってきたケーキの箱を差し出す。

「あっ、これって駅前に新しく出来たお店の……」
「美味しいって評判なので、良かったら食べて頂けたらと思って……甘いもの苦手だったらごめんなさい」
「そんな事ないですよ、大好き! ありがとう、せっかくですから一緒に食べましょ!」

テーブルの上には目移りするような色とりどりのケーキが並べられ、香り高い紅茶が花模様のティーカップに注がれる。
童話に出てくるような優雅なお茶会の中、二人の少女が打ち解けるのに時間は掛からなかった。

「このタルトタタンすごく美味しいのね! いくつでも食べられそう♪」
「甘~いりんごにちょっと苦いカラメルががいいよね! こっちの紫芋モンブランも食べてみる?」
「あぁ、私もこのぐらい美味しく作れたらなぁ……」
「若葉ちゃん、お菓子作ったりするの?」
「うん、レシピ見て作っても食べるのは私一人なんだけど、灯代ちゃん今度味見してくれる?」
「もちろん、大歓迎!」

初めの少しぎこちない雰囲気はどこへやら、灯代と若葉はすっかり親しげな会話を交わしており、互いの呼び方も自然と友達同士のそれになっていた。
若葉は自分で言った通り甘いものに目が無いらしく、幸せそうにケーキを味わっている。
いま外出している従兄の刃曜は甘い物は苦手だというので、彼の分まで遠慮なく平らげている若葉は小さいケーキとはいえ5個は食べている上、あらかじめ彼女が用意した分のお茶菓子も口にしているが、灯代も同じぐらいの量を胃に収めているので人の事は言えない。

(うーん……若葉ちゃんと私って食べたものが入る所が違う気がしてならない……)

セーラー服の襟を押し上げるその豊満な胸元につい視線をやってしまう相手のあらぬ考えなど知る由もなく、見られている張本人の若葉は紅茶で口を潤し、灯代に言葉をかけた。

「私、同年代の女の子のサマナーって初めて会うんだけど、灯代ちゃんはいつサマナーになったの?」
「ついこの間試練に合格したばかりだから、今日若葉ちゃんの所に来たのが初めての任務なんだ」
「そうなの? ヤタガラスから来たサマナーっていうからてっきりベテランだとばっかり……あ、ごめんなさい!」
「気にしないで! 新米なのは本当の事だもの」
「というか……実は私もサマナーになってそんなに経ってないの、初めて仲魔と契約したのもこの前で……私の一族の守り神みたいな方なんだけど」
「一族の守り神か……私の仲魔と似てるかも、どんな方なの? お顔見てみたいな」
「いいよ、じゃあ灯代ちゃんの仲魔も紹介してくれる?」

若葉が召喚管の封を解くと、室内に風が巻き起こり、雪のように白い羽毛が舞い散った。
森の香りを含んだ澄み渡る風と共に現れたのは、純白の翼とアイヌの装束に身を包んだ男神だった。
端正な顔の中で、猛禽の野性を秘めた紅い瞳が鋭い。

「『鎮守ノ福郎太』様、旧くから氷魚一族を守って下さっている白梟の神様で、私の仲魔よ」
「今の俺はこいつのものだから、守っているのは若葉だけなんだがな……」

灯代をヤタガラスの者と紹介され、福郎太は少し怪訝そうな表情をしたがすぐにそれを消し、「宜しくな」と微笑んだ。
サマナーとしての灯代の力量を察して、先程の若葉と同じく、こんな新米が?と思われたのかもしれない。

「それじゃ、私も……」

鬼首家に伝わる継承刀に取り憑いているタタラ陣内だが、今日のように戦闘任務以外の時は刀ではなく召喚管に封じられる事もある。
胸ポケットから取り出した管を開封すると、緋色に燃え上がる炎が溢れ出し、その中から隻眼の鍛冶神が現れた。
火の粉が派手に飛び散り、炎が床や壁を舐めるが焦げ跡一つついてはいない。

「『タタラ陣内』様です、鬼首家の剣士に代々力を貸して下さる鍛冶の神様です」

紹介されている相手の少女が任務の対象だと気付き、陣内は灯代にニヤリと笑いかけた。

「氷魚の当主と打ち解けたみたいだな、任務の第一歩が上手くいったようで何よりだ」
「はい、おかげさまで」
「さすが若くして当主になるだけあって、強力な仲魔を持っているな……貴殿の名を教えてくれ」
「鎮守ノ福郎太だ、宜しく陣内殿」

梟は夜行性というが、昼間に召喚されて平気なのか?と尋ねる陣内と真面目に答える福郎太は一見和やかだが、水面下では互いに相手の力を量っている。
その微妙な空気を無意識に察したのか、若葉が申し出た。

「そうだ、お茶淹れ直してきますから、皆で飲みませんか? お菓子もまだありますし」

若葉の気遣いに、では頂こうか、と福郎太と陣内が答え、灯代は何か手伝える事は無いかと若葉にくっついてキッチンに行く。
こういう雑事は仲魔に任せるサマナーもいるが、陣内に頼んでは火事を起こしかねない。

「お客様が来るのって久し振りで嬉しいわ、刃曜も早く帰って一緒にお茶できたらいいのに」
「そうだね、刃曜さんにも後でご挨拶しないと」
「灯代ちゃんはローズティーとアールグレイと、どっちが好き?」

キッチンから聞こえてくる会話を耳にした陣内は、話題になっている氷魚家当主の従兄について福郎太に聞いた。

「当然、福郎太殿とも顔見知りなんだろう? 当主が幼い頃からずっと補佐していると聞いているが……」
「まあ、若葉との付き合いだけは俺より長いがな、あいつが寛容なのをいい事に私生活から任務まで万事において干渉しすぎるような奴だ。 全く何のための仲魔だと……」

それまで穏やかだった福郎太の口調が恋敵を非難するような苦々しいものに変わり、色恋沙汰には鈍い方の陣内だったが彼の若葉に対する想いをすぐに悟った。
やがて若葉と灯代が新しく紅茶と菓子を運んで来て、奇妙な顔ぶれのお茶会は再開された。
クリームを挟んだクッキーを勧める若葉の横顔を見て何かに気付いたのか、福郎太が彼女の頬に手をやって自分の方を向かせる。

「若葉、口元に……」
「えっ?」

福郎太は少し屈んでその端正な顔を若葉の顔に寄せ、彼女の唇の端についたままのクリームを舐め取った。
目を丸くする灯代とおおっと感嘆する陣内の反応に、福郎太は何でもないような涼しい顔をしていたが、口元を押さえる若葉は真っ赤になっている。

「ふ……福様! 人前で何するんですかっ!」
「美味そうだったから、つい」

甘いクリームと瑞々しい唇と、どちらの事を言っているのか、悪びれた様子も無い福郎太を見て「熱くてかなわねえなぁ」と陣内が独り言半分に茶々を入れる。
恋人同士の戯れのような場面を目にして、他人事ながらどきまぎしてしまった灯代は、取り落としそうになったティーカップの紅茶を呷ってごまかした。
若葉はまだ赤面したまま、狼藉を働いた仲魔にきつく注意しようとしたが、その時だった。

「帰ってきた、刃曜だ」

微妙な風の流れを読んだのか、福郎太が呟いてすぐに玄関のドアを開ける音と共に「ただいま」と低い声がした。

「お帰りなさい刃曜、ヤタガラスから鬼首さんが来てるわよ」

年の離れた従兄と聞いていたが、刃のように鋭い目つきの強面も、革のコートの上からでも分かる鍛えられた身体も、この可憐な若葉ととても血縁とは思えず、失礼ながら『美女と野獣』という形容が灯代の頭に浮かんだ。
女子高のブレザー姿の灯代と、その傍らのタタラ陣内をヤタガラスの者と紹介された刃曜は、たちまち表情を険しくした。
敵意ではないがはっきりとした警戒の意思でいっそう怖い顔になった刃曜に、灯代は少したじろぐ。
補佐役であるこの方を通さないで、勝手に家に上がりこんでお茶まで頂いたのがいけなかったのかしら…と思い、とりあえず一言謝ろうとしたが、召喚されたままの福郎太が見かねて助け舟を出す。

「そんな怖い顔で睨むな、刃曜。 彼女は若葉のために来たんだからまず話ぐらい聞け」
「福郎太、俺が留守の間にお前は何をしていたんだ? 主人を守れない仲魔に指図される覚えは無い」

刃曜の三白眼と福郎太の紅い瞳が火花を散らさんばかりに睨み合う様を目にし、灯代の背中に冷汗が流れた。
自分の来訪が原因で修羅場寸前の空気にいたたまれず、もういっその事この場から退散してしまいたいぐらいだったが、若葉のおっとりした声がそれを打ち消してくれた。

「はい刃曜、外に出てて冷えたでしょう?」

微笑みと共に花の香りの湯気の立つティーカップを差し出す従妹に、刃曜の顔から険しさが抜け、ああ、と素直に大きな手でカップを受け取った。
若葉のさりげないフォローに感謝しつつ、灯代は紅茶に口をつける刃曜を改めて見る。
強面だが若葉を見る眼は優しく、さっきの態度は彼女を心配する気持ちの表れで、根っから怖い人ではないと思った。

「あの……すみません、刃曜さんが戻られる前にお部屋に勝手に上がってしまって」
「いや、俺も悪かった、従妹と二人暮しだから留守中に何かあったらと不安でな……君に怒ったわけじゃないから気を悪くしないでくれ」
「私、鬼首灯代と言います。 若輩で頼りなく思われるかもしれませんけど、氷魚家の方のためにできる限りの事をしますので、これから宜しくお願いします」
「……ありがとう、若葉の事で世話になるな、鬼首のサマナー」

挨拶する灯代にそう返す刃曜の複雑な内心に気付いたのは、先程まで彼と睨み合っていた福郎太だけだった。

「お茶ご馳走様でした、失礼します」
「また来てね、灯代ちゃん」
「うん、帰ったらメールするね! またね!」

連絡のためお互いのアドレスを交換し、灯代をマンションの外まで見送った後、部屋に戻って食器を片付ける若葉を手伝いながら刃曜はぼそりと言った。

「……あの子にはあまり気を許すな」
「どうして?」
「友達みたいに思っているかもしれないが、ヤタガラスの手の者である事には変わりないんだぞ」
「あの子はいい子よ? それくらい私にも分かるわ」

従妹のお人よしな発言に、だからこそだ、と刃曜は思った。
あの子は嘘や隠し事ができる性格には見えないし、若葉のためできる限りの事をする、というのも義務感よりも純粋な善意から出た言葉なのだろう。
ヤタガラスは氷魚の血統を庇護しているというのは事実だが、同時に稀少な血の力を保つため生き残りを傘下において飼い殺しにするつもりでもいる。
それだけではなく、組織にとっての暗部である氷魚一族との後ろ暗い事情については、灯代は上から何も聞かされていないに違いない。
推測だが、若葉を見守るためというのは表向きの理由で、実際のところ彼女は逃亡を防ぐ監視役として寄越されたのだと思う。
刃陽はこれまで、この世にただ一人の大事な存在をあらゆる残酷さから守る盾となって生きてきたが、若葉と灯代の何も知らないがゆえの友情が恐ろしかった。
もし何かのきっかけで事実を知ってしまったら、二人とも最悪の形で傷つく事になるのではないか……と拳を握り締める刃曜の耳に、若葉と福郎太の会話が届いた。

「福様? どちらへ?」
「ちょっと飛んで行って、鬼首のサマナーを家まで送ってくる。 もう日暮れだからな」
「それじゃあ私もついて……」
「俺だけで大丈夫だ、すぐに戻るさ」

一羽の白梟に変じて窓辺から飛び立つ仲魔の姿に、刃曜は福郎太の意図を察した。
この後誰かと接触するかもしれない彼女の足どりを確かめ、そして万一に備えて相手の住処を把握するためだ。
理解した上で飼い殺される立場に甘んじてはいても、若葉の身だけは守るために最低限の自衛はしなければならないと思っているのは奴も同じだ。

「今日の夕食は二人とも好きな南瓜の煮付けにするわね」
「楽しみだな」

……もし故郷を焼かれた日、まだ幼い若葉がおらず自分一人だったなら、それは決して身軽でも気楽でもなく、今頃は何の希望も無い生を送っていただろうと刃曜は思う。
過酷な運命の中でもこういった小さな幸せを見つけられるのは、お前が側にいてくれるからだ。
口に出せない想いを込め、刃曜は若葉の小さな肩を抱き寄せた。

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