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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

俺屍サマナー

KISS OF THE BLACK WIDOW(R-18)


赤い空を埋め尽くすほどの巨大な蜘蛛の巣が、どこまでも広がっていた。
巣に捕らわれた哀れな獲物の末路と思われる白骨が縦糸横糸に何体も引っかかっている。
それだけではなく、同じ糸で織り上げられた精巧なタペストリーがまるで画廊のように中空に飾られていた。
白骨と同じ数だけあるそれらの作品は、いずれも生前の彼らのむごたらしい断末魔を描いた織物で、ある者は首を絞められ、また別の者は身体を食いちぎられていた。
その蜘蛛の巣の中心に座する主は、美しい女の顔を持つ悪魔だった。
ただし、彫刻のように形のいい胸から下は蜘蛛の腹と繋がっており、しなやかな手足の代わりにグロテスクな八本の脚が伸びていた。
象牙の肌と黒光りする外殻が対照的なその姿は、この世のものとは思えない異形の美だった。
『アルケニー』、女神の怒りを買って蜘蛛に変えられた乙女の名で呼ばれるこの女悪魔は、現世と異界の狭間に自分だけの空間である『巣』を張り、運悪く『巣』に迷い込んできた人間を餌食にしてきたのだった。
切り揃えられた黒い前髪の下に、人間のそれとは明らかに違う複眼めいた赤い瞳が光る。
その嗜虐的な視線は、今し方捕らえた新しい獲物を舐め回すように品定めしていた。

「う……うぅ……」

視線の先、手足を粘着質な糸で拘束され苦しげに呻くのは、女子高のブレザー姿の小柄な少女だった。
俯いた顔を隠す短い赤毛が目を引くが、身を包むその制服も負傷で所々赤く染まっていた。

「お目覚めかしら、可愛いサマナーさん」

上品さの裏に残酷さを隠したその声に、意識の戻った灯代は顔を上げ、自分の置かれた状況に気付いてはっと目を見開いた。
空中に磔にされるような格好で、巨大な蜘蛛の巣に虫のように捕まっている。
気を失う前までその手に握っていたはずの刀はなくなっていた。
いや、それよりも――

「じ、陣内様っ! 陣内様は……」

信頼する仲魔の姿が見えない事に狼狽し、灯代は必死でその名を呼びながら辺りを見回した。
一緒に捕まってはいないようだが、では彼はどこにいるのか、もしや既にこの蜘蛛女に……

「あなたの仲魔ならどこかに行っちゃったわよ? でも、どうせ私の巣からは逃げられやしないんだから、彼とは後で遊んであげるわ」

まだ経験の浅いサマナーである灯代からすれば、とても敵わないアルケニー相手に討伐などの任務が課されるはずもない。
いきなり襲われ巣に捕らわれた灯代だったが、直ちに陣内を召喚し、仲魔と共にこの巣の中から抜け出そうとする最中の事だった。
空間内に縦横無尽に張り巡らされた、極めて細い不可視の糸の罠に引っかかった灯代は、側にいた陣内をとっさに突き飛ばして、一緒に罠に引きずり込まれる事態を防いだ。
自分の力量よりも遥かに強い悪魔に、しかも相手に圧倒的有利な舞台で孤軍奮闘した灯代だったが、そこまでだった。
八本の脚の攻撃を一振りの刀では捌ききれず、粘着性のある糸で手足を封じられ、首筋に噛み付かれて麻痺毒を注入され、ついに意識を失ったのだった。

「こんなに活きのいいお客様が来るのは久しぶりだわ、あの時の赤髪の剣鬼と同じように、念入りにおもてなししないといけないわね……」

もてなすつもりならお茶ぐらい出しなさい、とへらず口を叩く余裕もない。
武器も仲魔もなく、逃げるどころか身動きするすべまで奪われて今や灯代は絶体絶命だった。
巣の中の白骨達と同じ運命を辿るしかないのか、と覚悟したが、蜘蛛女の生贄となった灯代がこれからされる事は、その想像よりもある意味で更に悪いものだった。
動けない獲物が怯える表情を間近でじっくりと眺め、アルケニーはゆっくりと顔を近づける。

「どんな勇ましい戦士も、私に食べられる前は皆そんな表情になるのよ……」
「こ、来ないで! あっち行けっ、蜘蛛女!」

食われると思い、本能的な恐怖に拘束の中で必死にもがく灯代だったが、牙を覗かせたその唇は肉を食いちぎるのではなく、顔をそむけようとする灯代の唇へと重ねられた。
思わず身震いするほど冷たい感触と、生気を吸い取られる感覚に、灯代は全身を強張らせた。
眉をきつく寄せて堪える灯代の瑞々しい唇を味わっていたアルケニーだったが、いきなりくぐもった悲鳴を上げて美しい上半身を離した。
その口元から、人のものとは違う色をした血が滴っている。
動きを封じられながらも、せめてもの抵抗をした灯代が侵入してきた舌を噛み千切ったのだった。

「こいつっ」

たかが人間と侮っていただけに、思わぬ反撃にアルケニーは唇を歪め牙を剥き出した。
唇を触れ合わせた際に外法属に備わる能力で心を読み、彼女が感じる恐怖と絶望をも味わおうとしたが、灯代はこの窮地にもまだ諦めず、逃げた仲魔がきっと助けに来る事を信じていたのだった。

「私に触らないで!」
「自分の立場が分かっていないようね……ひどくされるのがお好きなのかしら?」

震えながらも屈さず睨み返してくる、このサマナーの目つきが気に入らない。
苛立ったアルケニーは、先が鋭い鎌状になった脚の一本を振りかざした。
灯代の制服が肩から胸にかけて下着ごと引き裂かれ、むしられた胸元のリボンの切れ端が花びらのように舞い落ちた。
痛々しくもあらわになった胸が外気に触れ、灯代の小麦色の肌を粟立たせた。

「っ……!!」

今までの犠牲者と同じように喰い殺すつもりでいたが、辱めを与えてからでも遅くはない。
目に見えないほど細い糸が伸ばされ、灯代の手足から体内へと侵食し神経を絡め取った。
粘つく糸の拘束が解かれ、灯代はしめたという顔をしたが、その表情は一転して驚きに変わる。
すぐにでも巣の中から飛び出したいのに、自由になったはずの身体が動かなかった。

「な、何……」
「触るなって言ったわよね? 私は脚一本触れないわ、あなたを滅茶苦茶にするのはあなた自身の手よ」

灯代の手は無惨に破かれた制服の前を開き、控えめな胸を自ら晒した。
こんな事をしている場合ではないのに、その手は意思に反して操り人形のように動かされる。
自分の身体の周りでかすかに光る細い糸と、引っ張られるような手足の違和感に、灯代は初めてアルケニーの企みに気付いた。

「卑怯者っ!!」
「今のうちにせいぜい喚きなさい、そのうち叫ぶ事も泣く事もできなくなるんだから」

怒りに紅潮する灯代の顔を至近距離で眺めながら、アルケニーは余裕の態だった。

「あっ、あ……!?」

やや小ぶりな乳房に思いのほか優しく指先が触れ、灯代は混乱した。
この触れ方はよく知っている、自分にこんなふうに触れてくる者も、それを許した相手もただ一人しかいない。
一見灯代が自分の身体を愛撫しているようにしか見えないが、実際はアルケニーが糸で操っており、さらに糸で繋がった灯代の精神を外法の能力で『読心』し、彼女の内部に秘められた記憶を読み取っていた。
途切れ途切れのフィルムのような映像と共に、思慕、敬愛、憧憬、そして情欲といった仲魔への感情が頭に流れ込んでくる。
主従や師弟以上の深い関係にある事まで知り、あらあら、この顔でもう男を知ってるのね、とにんまりとほくそ笑むアルケニーは、陣内への想いを利用して灯代を更に追い込もうと決めた。

「小さいくせに、生意気に感じるのね? あの眼帯の奴に毎晩可愛がられているだけの事はあるわ」
「なんでそれを…… ひあぁっ!」

色づいた先端を自分の指にきゅっと抓られ、灯代は上擦った声を上げてしまった。
陣内との事を知るはずもない相手に指摘され、あからさまに狼狽する灯代の表情に、アルケニーは悪意に満ちた笑みを浮かべた。
この女悪魔は人間の男を生きながら喰らうのを好んでいるが、凛とした美少女がいたぶられ泣きじゃくる無惨な様を見るのも大層好きだった。
その悪趣味には、彼女を醜い蜘蛛に生まれ変わらせた戦女神の存在が背景にあるのかもしれない。

「んっ……っ……」

灯代は操られる手を何とか止めようとするが、もはや指一本さえ自分の意思ではどうにもならない。
抵抗も空しく、勝手に動く指の悪戯に桜桃のような突起がつんと勃ち始め、弄られるたびに身体の芯にむず痒いような感覚が走り、灯代は汗ばんだ太腿をもじもじと擦り合わせた。
だめ、だめ、と言葉だけ抗ってみせるものの、もっと強い刺激を欲しているのは明らかだった。
小ぶりな乳房を苛め、腰の稜線を撫で下ろす手が、無情にも短いスカートを捲り上げその下にまで伸びる。

「やっ、ああ……!」

履いていた下着をずり下ろされ、大事な所が外気に触れる心許ない肌寒さに絶望的な声を上げる。
さっきまで自分の腰を覆っていた小さな布切れが白靴下の足首に引っかかっているのが目に入り、灯代は恥ずかしさに顔を覆いたかったが、それさえも許されない。
開かされた脚を蜘蛛の糸で吊り上げられ、ただ一人の相手以外に見せた事がないそこを、憎むべき敵に曝け出す格好にされてしまう。

「ふぅん、見かけによらないわね、こんなので男を咥え込んでるんだから」
「嫌! 嫌っ!! 見ないでぇ……!!」

恥丘の淡い翳りの下、開脚につられて剥き開かれた割れ目の間から粘膜が覗いており、灯代の何もかもがあからさまになっていた。
魂まで押し潰されそうな屈辱と恐怖のあまり、開かれ吊られたままの膝が震え出し、泣くまいと思っても涙が滲んできた。
そこを品定めするようにいやらしく視姦するアルケニーから必死で顔をそむけ、嗚咽を堪えて歯を食いしばる灯代だったが、これはより残酷な仕打ちの始まりに過ぎなかった。

「さぁて、一つ愉しませてもらおうかしら」
「だ、だめっ! だめぇ!!」

首を左右に振って抗うが、灯代の好い所を知っている自身の指が薄い恥毛を梳き、割れ目をくつろげてその中へと潜り込む。
しかし、すぐに奥へと指が突き込まれる事はなく、あくまで柔らかな触れ方で花びらの縁をなぞるような動きにかえって灯代は困惑した。

(あ、あ、これって、おんなじ……!?)

小さな蕾を突付かれ、あられもなく吊り上げられたしなやかな両脚がびくん、と突っ張った。
女の部分を無理矢理に暴かれるのとは違う、繊細な愛撫に身体の方は早くも蕩け出してしまう。
陣内と同じ仕方で秘処に指を使われながら、灯代にはせめて声を上げないよう唇を噛み締めるのが精一杯だった。

「なるほど、そんな仕方が好きなのね。 陣内サマに頂かれる前はそうして慰めてたの?」
「ちが……違う……」
「見られながら一人遊びして悦ぶような淫乱になるわけだわ、ふふっ」

秘め隠しておきたい事を詰られた挙句、自分だけでなく陣内までも貶められ、怒りと屈辱に頭の芯がかっと熱くなる。
しかし絶え間ない指戯の快感に耐えるので精一杯で、今の灯代は怒鳴るだけの気力さえ失いつつあった。
空中に無数に飾られた血みどろのタペストリー、その中に描かれた無惨な姿の人々に一斉に感情のない視線を向けられているのも、灯代にとっては悪夢以外の何者でもなかった。

「んっ……ふうっ……こんなの、いやぁ……」

堪えようとしても、既に悦びを知っている肉体は次第に濡れてほころび、指が蠢くたびに秘めやかな蜜の音が耳に響き、灯代の耳朶は見る間に真っ赤に火照った。
それだけではなく、細い指だけでは物足りないという不満も湧き始め、もっと太い肉で奥深くまで掻き回してほしいとさえ思ってしまう。
操られているとはいえ、こんな卑劣な相手に自慰を披露するという屈辱的な状況にも関わらず、はっきりと昂ぶっている自分の身体が灯代は恐ろしくてならなかった。

(陣内様……助けてぇ……)

灯代はせめて心だけでもこの色責めから逃れようと、誰よりも信頼する仲魔の名を心の中で何度も呼ぶが、応えは返ってこない。
憎らしい相手の目の前だというのに、自らの指に追い上げられはしたなく腰を揺らしてしまい、自分を呪いたい気持ちだった。
花びらの間に見え隠れする指先が蜜に濡れて糸を引き、近頃肉感味を増した丸い尻が堪えきれないように悶える様も、これ以上ないほど残酷で淫猥な見世物となっていた。

「まあ浅ましい事、物欲しそうに腰を揺らしちゃって……」
「んあぁっ……はぁ……っ」
「このまま放っておいたらどうなるかしら? 人間の雌の匂いにつられて来た悪魔どもに、きっと壊れるまで慰み者にされちゃうでしょうね」

アルケニーは灯代に追い討ちをかけるが、折角の獲物を雑魚にくれてやるような慈悲など当然持ち合わせてはいない。
そうとも知らず、真に受けた灯代は悲痛な声を張り上げ、来るはずもない男に助けを求めた。

「嫌あぁ! 陣内様っ! 陣内様ぁぁっ!!」

身も世もなく泣き出す少女の哀れな姿に、アルケニーは嘲笑を浴びせる。
泣き喚いたところでこの性悪な女悪魔をさらに悦ばせるだけと知っていても、灯代は耐えられなかった。
絶体絶命の状況に加え、容赦なく嬲られ追い込まれていく心身はもう陥落する寸前だった。
いよいよ堕ちると見たアルケニーは黒光りする蜘蛛の脚で灯代を拘束し、再び唇を近づける。

「充分発情してるし、もう頃合ね……さ、頂くわ」
「やめて! 嫌……! ん、っ……!!」

悪魔の冷たい舌に口内を犯されるおぞましさとは裏腹に、蕩けきった粘膜を抗えない快感が貫き、灯代はくぐもった声を上げて身を仰け反らせた。
指を二本埋められた秘処だけでなく、剥き出しにされた後ろの門までひくひくと震え、前から溢れた蜜が小さな窄まりをとろりと伝っていく。
恥ずべき格好で吊るされて自分の指で陵辱され、憎い相手に唇を奪われながら灯代はとうとう気をやってしまった。
合わせた唇から流れ込んできた瑞々しく豊潤な生気を、アルケニーは舌鼓を打ちながら舐め啜る。
凝縮された官能と恥辱が濃厚に混ざり合い、どんな美酒にも勝るそれをじかに味わったアルケニーも軽い絶頂に半身半魔の異形の身をうち奮わせた。
されるがままの灯代は瀕死の獣のように四肢を痙攣させ、絶望に塗りつぶされた藍色の眼からは、後から後から涙が溢れ出た。

「あはぁ……お漏らししたみたいにまだ溢れてるじゃない、そんなに悦かったの?」
「……う、あ……あぁ……」

あまりに過酷な現実から心を閉ざしてしまったのか、灯代はもう抗う力もなくぐったりと緊縛する糸に身を預けていた。
食前酒代わりの若い生気に満足し、すっかり大人しくなった生贄に気を良くしたアルケニーは、もはや何もかも諦めたように無抵抗の灯代の顎を脚先で持ち上げる。

「ふふ、どこから食べようかしら……どこも生命力が漲ってて美味しそうだわぁ」

柔らかい喉笛を食いちぎろうか、それとも心臓をえぐり取って脈動が止まらないうちに齧りつこうか、新鮮な肉を前にして、贅沢な選択は悩ましかった。
その時、舌なめずりするアルケニーの頬を掠めて一振りの剣が飛んで来た。
巣を支える糸の上に立ちこちらを睨みつける眼帯の男は、サマナーを置いて逃げたはずのタタラ陣内だった。
片手には筒状に巻かれた織物を握り締め、その隻眼は怒りに燃えて相手を射抜く。

「やってくれたな、蜘蛛女……!」
「今更何の御用かしら? あなたなんかじゃオードブルにもならないわ」

アルケニーの挑発には答えない陣内は、灯代の痛ましい姿に噛み締めた奥歯をギリ、と軋ませた。
だが陣内はむざむざ殺されるため敵の土俵に戻って来たのではない。
かつて封印される前、鬼首家最強の剣士と共に倒したはずのこの悪魔の不死身の秘密を暴くため、危険のただ中に召喚主を置いてまで『弱点』を探し回っていたのだった。

「何度斬っても倒されても復活するような悪魔は……どこか別の場所に魂を移していると聞いた事がある。
 みじめったらしく逃げ回った甲斐があって、ようやくこの絵を見つけたぜ……!」

陣内の広げたタペストリーには、壊れた機織器の前で打ちひしがれる乙女の姿が描かれていた。
その織物の、アルケニーに酷似した黒髪の乙女の顔に陣内の指先から火が移される。

「やめ…… 貴様あぁぁぁ!!」

逆上したアルケニーは息も絶え絶えの灯代を放り出し、八本の脚で跳躍し陣内に飛び掛かる。
その毒牙が陣内に届く寸前、蜘蛛女は全身を炎に包まれ断末魔の悲鳴を上げた。
かつての彼女の姿だったタペストリーが燃え尽きると同時に、アルケニー自身も灰燼と化した。

「灯代……!」

『巣』の主が死に、張り巡らされた糸が端から消えていく中、陣内は灯代に駆け寄ってその小柄な身体を抱き止める。
ひどいショックを受け、生気を吸われたせいで肌は冷えきっていたが、命に関わるほどではない様子なのが不幸中の幸いだった。
うっすら開いた視界に陣内の姿を認め、憔悴した顔で灯代は辛うじて頷いた。

「……陣内様……私……私……」
「何も喋るな、もう大丈夫……大丈夫だ」

腕の中の灯代の無残な有様に、陣内は慙愧の念に駆られて唇を噛んだが、悔やむにも生きて現世に戻れなければ話にならない。
陣内はぐったりした灯代を抱え上げ、崩壊していくアルケニーの『巣』から脱出を図った。

自室の布団に横たわる灯代を枕元から見下ろし、陣内は溜息をついた。
血の気のない顔色で、瞼は力無く閉ざされており、いつもの健やかに寝息を立てている姿とはかけ離れた様だった。
身体の負傷は治癒の術と薬で治る程度で、失われた生気も日が経つにつれ回復するだろうが、敵に卑劣な手段で辱められた事が最も深い傷となっているのは疑いなかった。
もぞりと身動きした灯代が、浴衣を着た上体を布団から起こした。

「…………」
「起きて平気か、灯代」

反射的に背中を支えた掌に、尋常でない寝汗の冷たく湿った感触が伝わってきて、陣内の顔が険しくなる。
灯代の視線はうつろで、陣内の武骨な手に縋るその指先は冷えていた。

「陣内様……怖かった……」

危地から生還してようやく人心地がついた事で、押し殺していた恐怖とショックが今になって甦ったのか、灯代は陣内の胸に縋りついて泣き出した。
陣内は弱弱しくしゃくりあげる小さな肩を抱き、もう大丈夫だと言い聞かせるように何度も繰り返した。

(俺がもっと上手くやっていれば、灯代をこんな目に遭わせずに済んだ)

敵は倒したし、自分も灯代も助かったというのに、今更後悔しても仕方ない事を考えてしまう。
灯代の治療のため服を脱がせ、柔肌につけられた痛々しい噛み傷を目にし、自慰を強要された証拠の残滓を指や内腿に見つけた時は、既に骨も残さず焼き尽くした相手への殺意が煮え滾るようだった。

「大丈夫だ、何も心配いらねえ、良くなるまで俺がずっとついていてやるからな」

灯代の不安を少しでも取り除こうと、陣内は精一杯優しく言葉をかける。
それでも悪夢のような出来事をすぐに忘れる事はかなわず、陣内の温かな腕の中にいながら灯代の身体の震えは止まらなかった。

「お願い……陣内様……」
「どうした、俺にできる事なら何でも」
「……抱いて下さい、今……」

灯代は涙に濡れた藍色の瞳で陣内を見上げた。
操られていたとはいえ、あの蜘蛛女に散々辱められながら気をやってしまった浅ましい自分自身が嫌で仕方なく、陣内が愛してくれた事実まで穢されたようで、今陣内に抱き締められながらも灯代は申し訳なさに消えてしまいたかった。
それなのに、この方にずっと抱いていて欲しい、怖くて不安で堪らないのをその熱で収めて欲しいと、灯代は心から陣内を求めている。
自分の気持ちが分からず戸惑いながら、灯代はがむしゃらに陣内と唇を重ねた。

「……ん、うっ……」

まだ病み上がりのような体調のせいもあるが、肌はなかなか熱を帯びない。
陣内は弱った身体を気遣ってゆっくりと事を進めるが、灯代はもどかしいように訴える。

「……早く、陣内様……もう……」
「だがお前、まだ……」

大丈夫ですから、と灯代は愛撫の途中で起き上がり、前がはだけた浴衣を羽織っただけの格好で、性急に陣内の膝を跨ごうとする。
しかし相手の持ち物もまだ充分でないのを見て取った灯代は、そこに指を伸ばしてくすぐるように刺激を与える。
大胆な仕草だが媚態とは程遠い、そうしないといけないような切羽詰った様子で、恥じらいながらも愉しもうとするいつもの姿とは程遠かった。

「っ……灯代、無理するな」
「今すぐ、全部ください……中まで陣内様でいっぱいにしてっ……」

こんな時でなければ嬉しい台詞だというのに、そう言う灯代の声色の固さが気になって陣内は素直に喜べなかった。
片手で正面の陣内の肩を掴み、もう片手で硬く反り返りつつあるものをそっと秘処に導くが、くびれた先端を含もうとして灯代は眉をしかめた。
いつもなら錠に鍵を差し込んで開けるように容易く受け入れられるのに、今は別物になってしまったようにうまくいかない。
一生懸命腰を落として収めようとしても、錆付いた扉を無理にこじ開けるようで、粘膜に引きつれる痛みが走った。
気持ちと身体が裏腹でなかなか燃え立たないせいだったが、灯代にはそれに気付く余裕はなかった。

「どうして……どうしてっ……」
「灯代、落ち着け、焦らなくていい」
「だって、陣内様……私の身体、全然……こんな……」

準備が出来てもいない状態で難儀するのは当たり前だが、泣き出しそうな灯代の顔は痛ましいばかりだった。
無意識に強張った身体が陣内を拒んでいるような気がして、そんな事を認めたくなかったのだ。
アルケニーに弄ばれた事実とそれを悔やむ気持ちが、灯代の心身を蜘蛛の巣に絡め取るように呪縛していた。

「どうしてなの……できないよぅ……」

自分でもどうすればいいか分からず、俯いて子供のように泣きじゃくる灯代を抱き寄せ、陣内は武骨な指で涙を拭ってやった。
厳かな儀式か何かのように、泣き腫らして薄赤くなった瞼にそっと口付けを落とす。
その唇の染み透るような熱さに、灯代は煩悶を一時忘れ、陣内の腕に再び身体を預けた。

「楽にしてろ」

まだ不安そうにべそをかいている灯代に声をかけてやりながら、陣内はごく優しく触れるだけの口付けを何度も繰り返す。
頬に、耳朶に、首筋に、離れてはまた軽く触れてくる唇と、吐息がくすぐったかった。

(私がいけないのに……)

勝手に先走った自分を咎める事なく、準備をやり直そうとしている陣内の優しさに胸が甘く痛んだ。
自分の唇に陣内のそれが重ねられた時、灯代は両腕を回して彼の頭を抱え込みながら応えていた。
蜘蛛女にここから生気を奪われた時はただおぞましいだけだったが、今は触れ合った唇から熱く溶かされるようで、灯代は夢中で陣内の唇を求める。

「ん……んっ……」

二度三度と口付けを交わすうちに、少しだけ頬に血が上り、身体も温まってきた気がした。
唇が離れ、小さく息をつく灯代の肩口に陣内が掌を滑らせる。
そこに受けた噛み傷は既に治療が施されていたが、まだ歯型の痕が鮮明に残っていた。
痕を見た陣内の胸中には痛ましさと同時に、自分しか知らない灯代の肌に忌々しい刻印を付けられた事への怒りと独占欲のようなものが湧き上がり、知らずそこにも唇を落としていた。

「あ……陣内様……そこは」
「痛くはしない」

噛まれた痕が残る所に改めて触れられて一瞬びくりとしたが、傷を舐めて治すようなものと思い、灯代は全てを陣内に任せる事にした。
何度も唇が触れ、軽く噛まれては息を詰め、強く吸い立てられては眉を寄せながらも、灯代は止めず好きにさせていた。
灯代自身からは見えないそこが、痕を中心に上から塗りつぶしたように内出血で薄赤く染められていく。
肩口だけでは気が済まないのか、陣内は灯代を布団に仰向けにして鎖骨を唇で辿り、丘のような胸へと愛撫を進めた。

(あぁ……陣内様の唇、すごくあったかいな……)

日頃、灯代はここを豊満な友人と比べては羨ましがっているが、男の掌に収まる柔らかみも温かさも充分に魅力的だと陣内は思う。
ささやかな膨らみの頂点に唇の熱さを感じた時、灯代の頬と耳朶は朱を刷いたようにさっと赤くなった。
自分で弄らされた時は死にたい位だったが、この方にならどんな恥ずかしい姿を見られてもいいと思ってしまう灯代は、もう陣内の手で身も心も染められている事を否応なく自覚した。

「ん、やぁ……くすぐったいっ」

肩口の痕よりも丹念で繊細な唇戯に、灯代の唇から漏れる吐息は色を帯び出し、次第に小さな喘ぎが混じり、やがて堪えきれない嬌声へと変わっていった。
色白な肌ほど目立つ事はなくとも、灯代の日焼けした肌にいくつも生々しい吸い痕が付いていく。
浅い谷間にはしっとりと汗が滲んでいた。
ゆっくりと膝を割り開かれ、その間に陣内の顔が近付いても灯代は抵抗しなかった。

「あっ……」

柔らかな恥毛が吐息でかすかに揺れるのを感じ、何をされるか察した灯代は小さく声を上げた。
初めて二人で夜を過ごした時よりも、焦らされた挙句自分から相手の腰を跨いだ時よりも、思い切って陣内のものに口淫を試した時よりも、もっと恥ずかしい気がした。
戦闘の血と汚れを落とすために湯を使ったので、そこもきれいにされていたが、それでもじかに味わわれるのには堪らない羞恥があった。
そんな灯代が余計に悩む間も与えないように、陣内はほころび始めた花園に口付ける。

「…………!!」

頬は燃え上がるほど紅潮し、だめ、だめ、と拒む言葉を繰り返すが、灯代は陣内から逃げようとはしない。
初々しい花弁を舌先で捲られその奥まで舐め上げられると、爪先まで甘美な震えが走った。
あくまで優しい唇と舌の動きからは、灯代を辱めるつもりはなく、隅々まで徹底的に蕩かそうとしているのだと分かる。
わずかに膨らんできた蕾にも愛撫が施され、口の中で葡萄の実を皮から外す時のように、小指の爪よりも小さな器官をごく軽く吸われた。
それだけで灯代は思わず陣内の裸の肩に爪を立て、足の指を布団に突っ張らせたが、気をやるにはまだ程遠かった。

「……また、おかしくなっちゃいそう……許してぇ……あ……」

身を灼くほど熱烈な口戯に、頑なに閉ざされていたはずの灯代のそこは素直な反応を示し、蜜蝋のように蕩け出す。
布団に染みを作るほど濡れているのを自覚しながら、灯代はこんなに気持ちの良い事があるなど信じられなかった。
身体の奥から突き上げる鮮烈な快感ではなく、身も心も温かい湯に溶け出していくようなどこまでも優しい感覚なのに、もどかしい切なさに涙が出そうになる。
色づいた唇に似た器官の間から甘い蜜が溢れ返り、陣内の唇との間に艶かしく糸を引く様は、本当にそこで濃密な口付けを交わしていたようだった。
初めての口戯に脱力しきって腰が立たない灯代を逞しい腕で抱き起こし、向かい合って座り込む形で二人は改めて身体を重ねた。

「はあぁっ……」

性急に繋がろうとしていた時とは違い、安らいだ心とほぐれた身体はさっきまでの事が嘘のように陣内を容易く受け入れた。
火傷してしまいそうなほどの熱さがゆっくりと自分の内側に馴染んでいく感覚に、灯代が深く息を吐く。

「……はいってる、陣内様の……」
「ああ」

灯代は陣内の広い背中に腕を回し、太い腰を腿で挟み込んでしっかりとしがみつき、陣内も少し息苦しいほどの力で灯代を抱き締める。
二人はほとんど身動きせず、互いの体温と息遣いと鼓動だけを感じながら抱き合っていた。
力強い抽送に揺さぶられるのも、弾むような腰使いを愉しむのもこの上なく好きだったが、今はただ静かにこうしていたかった。

「……震えてるの、止まったな」

今気付いたように呟いた陣内に、腕の中の灯代はすっかり落ち着いた様子でこくりと頷く。
その素肌はほんのりと温かく汗ばみ、掌に柔らかく吸い付くようだった。
愛撫も時折髪や背中を撫でるだけの穏やかなものだったが、灯代は心から満たされた気分だった。

「もう、怖くないです……ありがとう、陣内様」
「良かったな、……ずっとこうしててやるから、心配いらねえからな」

多少余裕が出てきた灯代は、今度は相手の事が気になりだした。
陣内の優しさのおかげでようやく安心を得られた灯代だが、そのため一方的に奉仕してもらったようなものだった。
今だって触れ合ってはいるが動かず生殺しのようなもので、陣内の方は満たされていないのを我慢しているのではないか……と思う。
灯代が自分から腰を使おうとすると、陣内に掴まえられてやんわりと制止された。

「俺の事はいいから、今は何もしないで楽にしてろ」
「でも……」
「お前疲れてるだろう、このまま寝ちまいそうな顔してるぞ」

胎内に収まっている張り詰めた硬さも、時折粘膜に伝わる堪えきれないような震えも、じかに感じている灯代には隠しようもないのに陣内はそんな事を言う。
もどかしくなった灯代は、広い背中に回した腕をほどいて、片手を陣内の口元へと持っていった。

「灯代?」

陣内の唇が自分の秘処を味わっていた、と思うと改めて恥ずかしくなり、それと同時に恥ずかしいのも気持ちいいのも自分だけでは不公平だという思考も生まれてくる。
灯代は陣内の顔を引き寄せ、甘い衝動のままに唇を重ねた。
いきなりの事で陣内は少し慌てたようだったが、離れる事はせず灯代の背中を抱いて応える。
今は陣内を根元まで咥え込んでいるそこを愛していた唇は、先程の濃厚な口戯にも負けないほど灯代を貪ってきた。

「ん……はぁっ」
「……お前、無理するなって……う……!」

あれほど弱って冷え切っていた素肌を熱く燃え立たせながら、灯代はぎこちなく腰をよじって胎内を穿つ男を歓待した。
いじらしく求めてくるような、潤んだ藍色の瞳で陣内を見上げている。

「だって、あんなにされちゃったから……陣内様ので、おかしくなって全部忘れてしまいたいんです……」

灯代の切ない懇願に、自らの指で上り詰めさせられた痛ましくも淫らな姿を思い出し、不覚にも灯代のなかでますます猛ってしまう。
内心のばつの悪さに陣内は顔から火が出る思いだったが、灯代はむしろ陣内の反応が好ましかったように愛らしい吐息を漏らし、心地よいきつさで食い締めてきた。

「灯代、俺だってこんなザマなんだからどうするか分からねえぞ……ヒイヒイ泣いても知らんぞ」
「はい……どうか滅茶苦茶にして、イっちゃうまでずっと抱きしめてて下さい……」

滅多にないようなあけすけな要求を口に出したのは、蜘蛛女に味あわされた色責めがいまだ尾を引いているせいだろうか。
そんなものは一欠片も灯代の中に残しておけないと、陣内は改めて小柄な身体を抱き締めた。
赤銅色に濡れ光る肉柱がゆっくりした動きで、形良い桃尻の底から出入りを始める。
膝の上で揺すられるたびに灯代の喉からは悩ましい声が漏れ、弄ばれ暴かれた恐怖も屈辱も、一突きごとに溶けて消えていくようだった。

「あっ、あっ……! 陣内様、もっと、奥……!」

陣内にも悦んでほしい一心で、胎内をいっぱいに満たす熱い輪郭を締め付けながら、灯代の小さな身体は相手のものと混じり合った熱ではちきれそうになっていた。
決して激しい抽送ではないが、ずんずんと深く重く突き上げられて灯代は陣内にいっそう強くしがみつく。
そのうなじも背中も内側から情欲に染まって湯気を立てそうに上気し、玉の汗が浮かんでいた。

「灯代……灯代……!」

熱い喘ぎと共に耳元で低く名前を呼ばれ、灯代の身体の芯がどうしようもないほど疼く。
何もかも許したただ一人の男にこんなにも強く求められ、抱かれている。
灯代はそれを痛いほど感じながら、下から貫かれるリズムに自分も合わせて腰を使い、高みへと追い上げられていった。
いきり勃ったものを若く柔軟な襞で揉み抜かれ、陣内にも次第に限界が見えて来る。
一番深いところで熱い精が迸り、溢れ返るほどの奔流に粘膜を灼かれて灯代は声を上擦らせた。

「あぁ……もう、いっぱいに……っ!」

身も心も温かいもので満たされたまま、交合の余韻に弾む息が徐々に落ち着いていく。
愛しい男の腕に身体を預けたまま、恍惚として瞼を閉じた灯代の安らいだ顔に、陣内はもう一度口付けを落とした。

「陣内様……ありがとうも大好きも、何度言っても、全然足りないぐらい……」
「そんな殺し文句言われたら、またその気になっちまうだろ……」

しょうがねえ奴だな、と無理に渋面を作ろうとして失敗する陣内に、灯代ははじめて微笑みを見せた。
行為が一段落しても二人は繋がったまま、何度も飽きる事なく口付けを交わしていた。
……この一件以来、蜘蛛が少し苦手になった灯代だったが、陣内との絆はまた一層深まったという。

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